「あ言えばこう言う《どう対応?
認知症をはじめ、脳に変化があるために別人のようになってしまう人もいます。その
ような時、どう対応することが求められるのでしょうか。今回は、最近、私に起きた個
人的な体験をもとに書きましたので、より個人情報保護に留意して紹介します。
大きな胆石が三つ、十二指腸につながる総胆管を詰まらせて激烈な腹痛と発熱を起こ
し、母校の大学病院に入院することに。痛む腹部を押さえながら受付に行った時のこと
です。ある高齢男性が受付の女性に話しかけていました。
「こないだ薬を出してもらっだけど、どこにもないからまた出してもらえへんか《
受付の女性はパソコンで処方記録を調べ、「あなたの処方は20日分残っています。ご
自宅で捜していただけませんか《と丁寧に対応しました。
でも、男性は「いや、うちには絶対ない。せっかく来たのだから、薬だけ出してほし
い《と譲りません。
彼の様子は専門医として見ると、認知症がかなり進んでいるらしいことがわかりまし
た。自負心に満ち「自分は間違っていない《と主張する。男性の「妥協する《という脳
の機能が低下すれば、症状として「ああ言えばこう言う《状態になります。
なんと受付の女性は、その後20分も、男性が「ああ言えばこう言い《「こう言えばあ
あ言い《とくり返すたびにパソコンを見て事実関係を確認して対応したのです。男性は
腑に落ちたのでしょう。9回ほど問答が続いた後「勘違いかな。家でもう一度捜してみ
る《と言いました。
今回のような展開は少ないと思います。何度説明しても受け入れてくれないからこそ
認知症のケアは大変です。
かつて私は「5回と30分の法則《を提案をしたことがあります。「ああ言えばこう言
う《が5回もくり返されたら、どんなケアの達人でもイライラして当たり前。30分以
上本人が紊得せずに混乱すれば、その日は諦めてもいい。5回、30分という目安をもつ
ことで、介護家族の負担が限界を超えないようにとの願いを込めたアドバイスです。
受付の彼女はプロとして対応できたと思うのです。先に書いたように家族や親しい仲
ではそうはいきません。
「ああ言えばこう言う《反応は家族に多大な負担をかけます。そのような時には早め
にケアや医療に相談してくださいね。(精神科医・松本一生)
(出典:朝日新聞、2022/12/10)
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