【できる限り歯を残す】

歯の痛みで受診した近隣の歯科で抜歯を勧められたFさん(58歳)。知人の紹介で、できる限り天然歯を保存する治療を行うという歯科医蓉紡ねることにした。

今、少しでも保存の可能性がある歯は安易に抜歯せず、患者と歯科医の信頼関係に基づき治療を進める流れが求められている。

歯は消化器官としての咀嚼機能、会話に重要な発音機能、顔貌の審美性を維持する役割などを持つ。咀嚼によって脳内の血流が増加したり、認知症の予防に影響を及ぼしたりする可能性も高い。

近年、歯科治療技術や材料は著しく進歩しており、日常的に歯磨きをする人や歯を磨く回数も増えている。だが、成人の歯科疾患は減少していない。

歯科疾患の多くは生活習慣病である。歯科治療は皮膚の傷で例えるならば、治らない傷に絆創膏を一生貼っているようなものである。歯は再生しない硬組織であり、治療は病変を取り除いた欠損部に人工物を補うことが主体だ。つまり、治療後は生活に支障のない状態が維持されているだけで、劣化や2次感染のリスクと常に隣り合わせである。だからこそ、天然の歯の維持のためには、患者が歯科医のサポートに協力し続ける姿勢が欠かせない。

抜歯は十分に検討してから
最近、深い虫歯や処置歯の再感染などの難しい歯内療法(歯の神経など内部の治療)で、抜歯を勧められて悩む患者からの相談が増えている。それらの中には、適切に対応すれば抜歯せずに済むケースも少なくない。

抜歯後に人工歯根を用いるインプラント治療は優れた治療法だが、施術数の増加とともに、様々な合併症によるトラブルも増えている。インプラントは、どうしても保存が無理で歯が失われた場合の最終的な補綴(ほてつ)手段の1つと考えるのが適切だろう。歯根保存の治療法は多数あるため、多少厳しい状況でも簡単にあきらめず、その歯の保存の可能性について、歯科医に相談することをお勧めする。

インプラントは今、改めて見直してみる検証の時代に入っている。治療に際してはとかく説明不足の傾向があるため、患者はインフォームドコンセント(十分な説明と同意)を積極的に求めた方がいい。また、信頼のできるかかりつけ医を持つことも大切だ。

虫歯や歯周病の発生には個人差がある。要因は口腔内のプラークや常在菌だ。口腔内には500種類以上の細菌が存在すると言われ、それらがおのおののサイクルで増殖を繰り返す。そのため、毎日の歯磨きが適切に行われなければ予防できない。口腔内の細菌は夜間の就寝時に増殖しやすい。忙しいビジネスパーソンも、就寝前の歯磨きは丁寧に行うこと。歯ブラシだけでは歯と歯の間の汚れは取りきれないので、1日1回はデンタルフロスや歯間ブラシを使ってほしい。さらに、3〜6カ月に1度は、症状がなくてもプロのケアを受けることで、口腔内疾患はかなり予防できる。
(談話まとめ:杉元 順子=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2013/11/18号、阿部 修=平和歯科医院(東京都武蔵野市)院長、日本歯内療法学会学術委員]

[イラスト:市原 すぐる]

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