【認知症介護の心得】

世界でも有数の高齢化社会である我が国において、介護は避けて通ることができない問題だ。特に認知症への対 応は独特の困難さがあり、介護のために休暇を取ったり、退職を余儀なくされたりするなど、労働力確保にも支障を来すようになり、産業界への影響も少なくない。

認知症の症状には、記憶障害や見当識障害といった基本的な症状(中核症状)と、徘徊、幻覚、妄想、攻撃的行動、不潔行為など主に行動面の問題として表れる症状(周辺症状)がある。介護中の家族が特に困るのは後者であり、これらの症状が著しいと目が離せなくなり、介護の負担は大きくなる。

例えば、財布の置き場所を忘れて「盗まれた」と他人を疑う(物盗られ妄想)などである。この場合は、本人の言うことを即座に否定しないこと。話を聞き「それは困りましたね」と共感する態度を示し、さりげなく話題や場面を変え、関心をそらすようにする。根気よく対応を繰り返すことが必要だ。

尿や便の失禁、徘徊、不潔行為などは特に介護者の負担が大きいが、叱ったり説得したりしても効果は薄い。記 憶障害のためなぜ叱られたのかはすぐに忘れてしまう代わりに、何か嫌な思いをしたという感情だけは残って人間関係に悪影響を及ぼし、ますます介護が困難になることがある。「こうしなさい」「ダメじゃないか」という言い方は極力避け、「ありがとう、あとは私がやりますよ」などの表現を使うと本人に嫌な感情は残りにくい。

問題行動をやめさせるのは非常に困難なので、名札を着けて近所の人や交番に一声かけておくなど、失敗しても いいように工夫する方が現実的だ。

介護者の心に寄り添う
介護の負担は、配偶者や子、子の妻など特定の人間に集中しやすい傾向がある。そうなると「1人で悩む→うま くいかずイライラする→つい叱る→ますますうまくいかない→さらに悩む→またイライラして当たってしまう」というように1人で責任を負い続け、「介護の悪循環」に陥ってしまいがちになる。周囲の人は、介護の中心となっている人が孤独にならないように日頃の労をねぎらい、愚痴を聞き、時には介護を交代して自由な時間を作るようにしてあげてほしい。

それでも認知症の症状の悪化や介護する側の疲弊により、断腸の思いで老人保健施設などへの入所を決意するこ とがある。この時も、めったに会いに来ず介護者の苦労を知らない別の家族から「施設に入れるなんてかわいそう」「預けて楽をしている」などと批判されることがあるが、これほど悲しいことはない。遠くにいる人は、介護している人へ手紙や電話などで感謝の気持ちを示すのを忘れないでほしい。

現在ではアルツハイマー型認知症の治療薬がいくつか出ており、介護負担が軽減することが期待される。認知症 を恐れるよりも、認知症になっても安心な社会になることが理想である。

[出典:日経ビジネス、2011/12/19号、吉村 靖司=神田東クリニック副院長]

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