【不安と欲望は表裏一体】

これから会議で、大切なプレゼンテーションをすることになっているとする。幹部も集まり大変緊張する場面で、逃げ出したくなる気分だ。いざ自分の順番がやってきた。手も声も震えてしまう。幹部は何だか厳しい面持ちのように見える。しかし、5分ほど話しているうちにリズムに乗り出す。徐々に自分らしく話せるようになり、気がつくと最初の緊張感はどこへやら、気持ちもはぐれる。発表が終わる頃には、達成感や安心感すら自覚することができた。

このような経験は、誰にでもあると思う。一見不快で悪者のような顔をした「不安」だが、その裏返しに、実は生き生きとした「欲望」が隠れているという考え方がある。欲望があるからゆえ、不安が顔を出すということだ。

冒頭の例では、幹部の前でうまく説明したい、理解してもらいたい、高い評価を受けたい、といった欲望がある。だからこそ、うまくできるだろうかという不安が生じる。仮に「幹部から高い評価を得なくてもいい」と無欲で臨めば、恐らく不安を感じることはないだろう。

不安への対処は「回避」と「突入」
こうした不安に対する対処方法は、大きく2つに分類される(図参照)。1つはその場から逃げる「回避」、もう1つば不安に向かっていく「突入」である。 前述の例で言えば、発表を休む、ほかの人に代わってもらう、などが回避に当たる。その場の不安は確かにしのげるかもしれないが、釈然としない不全感が残るだろう。なぜなら、回避の真にある欲望を満たす行動をしていないためである。

一方の突入は、その場の緊張を乗り切る壁は存在するものの、「本来の目的」に向かって行動したため、欲望に近づく。結果的に不安も消失し、同時に達成感も味わうことができる。こうした理論による精神療法を、創始者の名にちなんだ「森田療法」と呼んでいる。

ストレス社会と言われる昨今、苦境に立たされ、嫌な不安が頭から離れてくれない時、こうした考え方で対処してみることも1つの方法だ。「欲望があるからゆえ、不安が生じる」という自然の現象を理解し、まず不安を「あるがまま」に受け入れることが大切だろう。不安を感じないようにしようなどと無駄な抵抗はせず、不安を感じつつも、その真にある欲望に気づくことだ。

レーシングドライバーの佐藤琢磨選手がこんな言葉を使っていた。“No attack,no chance!”。ホンダ創業者の故・本田宗一郎氏の「チャレンジして失敗することを恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」という名言もある。 欲望がある限り、不安は消えない。不安が消えるのを待つのではなく、欲望に気づき、不安を持ったまま欲望に向かって突入する。こうした考え方は、自分自身だけでなく、周りの人間にも前向きなエネルギーを与えてくれるはずだ。

[出典:日経ビジネス、2011/07/25号、高野 知樹=神田東クリニック院長]

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