【遊びとメンタルヘルス】

コンピューターによってもたらされた多大な恩恵は計り知れない。コンピューターリテラシーも産業社会では重要な能力である。情報化は世代を超える。小学生時代から携帯電話を手にし、友人とメール交換をし、情報が一斉に共有される。しかし、こうした環境に幼少時から置かれている現状は、精神科医として心配に思う。

この時代の子供の遊びで、まず連想するのは電子ゲームだ。実際にやってみると、昨今のデジタル技術の進歩のスピードを肌で感じる。現実かとまがうばかりの画像の完成度の高さに驚く。スリル感が伴い、刺激も大きい。

自分の幼少時は、何とかごっこで遊ぶ時も、現実と仮想の世界の境界を感じながら楽しんでいたものだ。興味や関心を抱く対象を模倣して、想像を膨らまして遊ぶ。

一方、現代の電子ゲームでは衝撃的な効果音とともに目の前に数人の敵が現れ、すかさず銃でバタバタと応戦し敵を倒す。画像も非常にリアルで、想像を膨らます必要もない。さらに技術が進むにつれ、こうした仮想現実と現実との境界はどんどん薄くなっていくだろう。だからこそ、現実の世界で精神的発達をしていく年代への影響が大変気になってしまう。

もう1つ心配なことがある。人を相手にしない電子ゲームは、リセットが簡単にできる。「失敗、今のはなかったことに」と思えばリセットボタンを押す。嫌になればスイッチを切ればいい。缶けりや鬼ごっこなど人同士が集まっての遊びは、そう簡単にはリセットできない。将棋でも「今のちょっと待った」はなしで、失敗したところからどう巻き返すか、それも遊びの醍醐味だ。ゆくゆく社会に出た際、「全か無か」思考では、立ちはだかる壁を前にして困難を迎えるのではないだろうか。メンタルヘルス疾患の発生リスクを高める可能性もある。

憤報化社会を見直してみる
このたびの東日本大震災でプリミティブなものが見直されている。節電で街の照明が暗いが、慣れれば今までの煌々とした照明が過剰だったと気づく。ライフラインのままならない地区では、ラジオの便利さやトランプなどの遊びが見直された。2年以上昼夜逆転の生活リズム障害で悩む従業員が、長期の停電地区での生活を強いられ、深夜のテレビ、パソコン、メールなどができず、夜はおとなしく寝る日々が続き改善したケースも体験した。

情報化社会でデジタル思考全盛となり、物事を客観的に分類・分析し、効率よく本質を知ることができるのも確かだが、ヒトの心身にとっては必ずしもメリットばかりとは限らないようだ。効率を目指して削除された部分に、実は無駄ではなかったものもあるだろう。社会の変化のスピードが加速していく中で、次世代を担う若者たちのためにも、新技術の功罪を意識しつつ、人同士が温もりを感じられる場を残していきたいものだ。

[出典:日経ビジネス、2011/05/30号、高野 知樹=神田東クリニック院長]

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