【「健康俳句」の勧め】

1735(享保20)年の初春、俳人の小川破笠(はりつ)が江戸歌舞伎の花形、2代目市川団十郎を訪ねて、松尾芭蕉の話をした。「深川の芭蕉庵には、台所の柱にふくべ(ひょうたん)がかけてありまし てね、弟子たちがこれに米を入れておくことになっていたんです」。団十郎は身を乗り出して、話を聞いていた。

芭蕉が没して既に41年が経ち、団十郎は48歳になっていた。蕉門十哲の第1の門弟、宝井其角に俳句の教えを受けたことがある団十郎は、芭蕉の崇拝者だった。話に出てきたふくべも後に団十郎の手に渡り、日夜これを見て、偉人をしのぶことになる。

2代目は俳句に熱心だったが、俳壇で認めてもらおうとは全く思っていなかった。家族や友人たちと俳句を楽しむのが何よりも好きだったのだ。その年の8月、団十郎は目黒の別邸で一家団欒の句会を開いている。

 むさし野に山風はなしけふの月
 名月や残るあつさはだいどころ
 名月に坐頭の内はしずかなり

1旬日は団十郎、2旬日は妻のお才、3旬日は15歳の養子・升五郎の句である。一家して名月の夜を歌っている様が目に浮かび、家族の温かい思いやりや結びつきの深さが伝わってくる。

大脳生理学者で、俳人でもあった故・品川嘉也先生は「右脳を鍛えるのに俳句ほどうってつけのものはない」と言った。大脳は左右あるが、左脳は言葉や計算、理論を司る「論理脳」、右脳は直感や感性を司る「創造脳」と言われている。俳句では右脳が直感的にイメージをして、それを左脳が言葉にする。例えば、たった17文字で壮大な宇宙を描くことも可能となる。

俳句で右脳を刺激する
2代目が歌舞伎史上で非凡な役者とされるのは、初代から豪快な「荒事」の芸風を受け継ぎながら、情痴的、繊細な「和事」の芸も得意としていたところ。歌舞伎独特の化粧法である、斬新な隈取りの技法を完成させたのも2代目である。この奥行きの深さは、まさに俳句的ではないか。

私たちの日常は計算や理論だけでも成り立つ。これは、右脳の力、つまりイメージや直感力が失われた世界である。右脳で生の現実を見ることがなくなってしまうのだ。そんな味気ない世界ばかりに生きていたら、創造性が失われるだけでなく、ストレスをため込んで、心身を消耗してしまうだろう。俳句を作っている人に若々しく、健康な人が多いのもうなずける。

「役者は心遣いが家業なれば、内へ帰り、相応の楽しみをして、他へ出ぬが養生の第一」と団十郎は記している。彼にとって、家庭でできる俳句は単なる趣味ではなく、創造性と生命力を養う一挙両得の健康法だったのだろう。当時の歌舞伎界にあって、団十郎は71歳という長寿を全うしている。

「俳句を作るのは簡単です。決まり文句で作らないこと。子供のように素直になること」。かつて品川先生は筆者にそう言った。以来、俳句用にいつも手帳を持ち歩くことにしている。

[出典:日経ビジネス、2010/11/01号、堀田 宗路=医療ジャーナリスト]
[イラスト:ヨコイまこ]

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