【眼底検査を予防医療へ】

健康静断で眼底検査を受けるよう医師に勧められたlさん(42歳)。この検査から糖尿病や心臓病のリスクが予測できることを説明され、驚いた。

網膜剥離や緑内障、加齢黄斑変性症、眼底出血など、様々な眼病診断のために行われる眼底検査は、瞳の奥にある網膜などの状態を見る検査である。

これまでも、眼底検査が、糖尿病や高血圧など全身疾患の発見につながることが分かっており、健康診断でも導入されてきていた。さらに近年では、眼底検査で心筋梗塞や脳卒中、認知症などの発症予測を可能にするという研究結果も出てきており、予防医学の観点からも、眼底検査の重要性が再度見直されつつある。

眼底検査では、眼底カメラや眼底鏡という器具を使って瞳孔の奥にある眼底の様子を調べる。眼底の血管や網膜、視神経の状態を知ることで、緑内障や加齢黄斑変性症などをはじめ、目に関する様々な病気が発見できる。だが実は、「網膜の血管状態を見る」ことに、別の大きな意味がある。

体にメスを入れずに、内臓の血管を生きた状態で見ることができるのは、網膜だけなのだ。つまり、眼底検査で網膜血管の様子を観察することは、そのまま内臓血管の状態を見ているのと同じことになる。

例えば、心筋梗塞や脳卒中は動脈硬化が原因であるが、動脈硬化は心臓や脳の血管だけで起こるわけではない。心臓や脳以外で全身に及ぶ動脈硬化を、網膜血管の状態からある程度読み取ることができる。よって、眼底検査は単に眼病の発見だけにとどまらず、全身疾患の早期発見につながるとされ、企業の健康診断などにも取り入れられているのである。

予測清度が上がればさらに期待
さらに、山形大学医学部グローバルCOE分子疫学研究の成果によると、血圧が正常であっても、眼底検査で網膜の血管サイズが細い「網膜細動脈」と呼ばれる状態にある人は、血管サイズが太い人に比べて5年後の高血圧発症リスクが約1.6倍になると報告されている。また、網膜に出血があると、 10年後に心臓病で死亡するリスクが約2倍に上がるとの報告もある。

視野の中心部で物がゆがんで見えたり、小さく見えたりする加齢黄斑変性症を発症している人の場合、その重症度によっては5年後の脳卒中発症リスクが約2倍になるとされている。さらに、加齢黄斑変性症の罹患には、心疾患のほか、脳血管性認知症やアルツハイマー型認知症の発症率とも関連性があることが分かってきている。

このように、少しずつではあるが、眼底の状態とはかの疾患との関係が明らかになりつつあるのだ。

ただし、これを予防医学の分野で生かすには、まだまだ課題も多い。現在のところ、個々の眼底所見のデータを定量的に示していくことが難しく、予測精度を高めるに至っていない。そのため、今後は、眼底の病状がどの程度進行した場合に、どこまでほかの疾患の発症リスクが高くなるのかなどを見極めていく必要がある。もちろん、それも個人差があるため、具体的に数値化することが困難なことも否めない。

しかし、このような研究は世界レベルで進められており、今後ますます進む高齢化社会に向け、さらなる成果を上げることが望まれる。将来的には眼底検査のデータを眼科から他科へと提供し、心臓病や脳卒中、アルツハイマー型認知症など、多くの疾患予防につなげていくことが理想である。

現時点でも眼科の専門医であれば、眼底検査の結果によって、高血圧や心臓病などに対する危険性を判断することは、ある程度可能だ。眼病の早期発見が第1の目的であることは当然だが、全身疾患のリスクを予見するためにも、40歳を過ぎたら年に1度は眼底検査を受けることをお勧めしたい。思 わぬところで垂篤な病気にかかるリスクを回避できるかもしれない。
(談話まとめ:新家 美佐子=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2010/10/25号、山下 英俊=山形大学(山形市)医学部長、山形大学医学部眼科学講座教授]
[イラスト:市原すぐる]

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