【細菌とウイルス】

風邪で受診した営業職のDさん(30歳)。医師に抗生物賃の処方を依頼したところ、風邪には効かないと言われた。別の病院で処方してもらったこともあるのだが。

風邪症候群をはじめとする感染症をもたらすのは病原体である。病原体の種類にはいくつかあるが、その主なものがウイルスと細菌だ。ほかには真菌、寄生虫、原虫、クラミジア、リケッチアなどがある。

ウイルスや細菌という言葉はよく耳にすることがあると思うが、その性質や違いなどについては意外と知られていないことも多い。

ウイルスと細菌の大きな違いは、構造と大きさだ。細菌は生物であり、細胞を持っているので、細胞分裂を繰り返して増殖する。一方のウイルスは生物ではなく、たんばく質の固まりである。そのため自ら増殖することはできず、人の細胞などほかの生命体に寄生して増殖していく。

細菌の大きさは1〜5マイクロメートル(マイクロは100万分の1)で、顕微鏡で見ることができる。ウイルスは細菌よりずっと小さく、50〜100nmナノメートル(ナノは10億分の1)程度で、電子顕微鏡でやっと見える大きさである。

病原菌やウイルスには数百万にも及ぶ種類が存在する。それぞれに個性があるが、解明されているものはまだほんの一部にすぎない。細菌による感染は、細胞や組織が直接的にダメージを受けるため、症状が早く発現する傾向がある。ウイルスには人に感染するものとしないものとがあり、感染様式や経路は様々である。感染するとすぐに発症するもの、感染しても症状が表れないもの、感染してから何年も人体に潜んでいて、免疫力が落ちた時に発症するものなどいろいろだ。

風邪には安静が一番
細菌による感染例としては、O−157をはじめとする腸管出血性大腸菌やサルモネラ菌、ボツリヌス菌などによる食中毒、結核菌による結核、破傷風菌による破傷風、肺炎球菌などによる肺炎や中耳炎、様々な病原菌感染が引き起こす敗血症(全身性炎症反応症候群)などが挙げられる。感染経路も飛沫感染(経気道感染)、経口感染、経皮感染など様々ある。最近では、多剤耐性緑膿菌による院内感染が話題になったことも記憶に新しいだろう。

細菌による感染症と分かれば、抗生物質(抗菌薬)による治療が主になる。抗生物質を使用する限り、細菌は生き延びるために突然変異を起こす。その進化が耐性菌を作り出す。

ウイルスによる主な感染症には、風邪症候群、インフルエンザ、麻疹、風疹、水痘(水ぼうそう)、ウイルス性肝炎、帯状疱疹、エイズなどがある。ウイルスに対する特効薬はまだない。人間の 持つ免疫力が、体内に侵入したウイルスと闘うことが治療につながる。

その一助となるのが、特定のウイルスに対するワクチンだ。例えば、麻疹や風疹、おたふくかぜ、ポリオ(急性灰白髄炎・小児麻痺)、日本脳炎などのウイルスに対しては、ワクチンによる抗体で発症を予防できる。しかし、HIV(エイズウイルス)をはじめとする多くの感染症のウイルスに対するワクチンは、まだ開発段階にあるのが現状だ。

風邪の原因となっているのは、90%以上が細胞を持たないウイルスによるものである。よって、細胞に働きかける抗生物質では、治療効果は望めない。さらに言えば、肺炎やある種の気管支炎以外には、薬の処方は不要だろう。咳止めや解熱剤などが処方されることもあるが、それは各症状を和らげる対症療法でしかない。

だが、Dさんのように、風邪でも抗生物質が効くと思っている人は多く、患者が要望すれば処方する医師もいる。双方の意識改革が求められる。

風邪を引いたと思った時には安静を保ち、3日経っても改善しないようなら、医師の診察を受けるといいだろう。
(談話まとめ:杉元 順子=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2010/10/18号、ニ木 芳人=昭和大学(東京都品川区)医学部臨床感染症学教授]
[イラスト:市原すぐる]

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