【鼻水がのどに流れる】

Fさん(52歳)は10年以上も前から、鼻水がのどに流れる症状に苦しんできた。いくつかの耳l科で治療を受けたが一向に改善する気配がない。何とかならないだろうか。

花粉症や慢性鼻炎、副鼻腔炎など各種の鼻炎に伴い、鼻水が出る鼻漏症状が起こることは多い。鼻水が鼻の穴から出る前鼻漏に比べて、Fさんのように鼻水がのどに流れる後鼻漏は見過ごされやすい。医学の教科書でも後鼻漏に関する記述はごくわずか。しかし、当クリニックを受診される患者さんでは、後鼻漏を訴える方が少なくない。

そこで私たちは後鼻漏の実態を把握するために、当クリニックでの詳細な問診項目を基に、全国の20〜69歳の一般男女500人を対象としたアンケートを実施した。その結果、「鼻水がのどに落ちる感覚がある」「鼻をかみたいのに、鼻水が出てこない」「日常的にのどに違和感がある」「日常的に鼻の奥がむずがゆい」といった後鼻漏を疑わせる症状を持っている人が152人と、約3剖もいることが分かった。

後鼻漏は、前鼻漏のように鼻をかむ回数が多くて困るといった不便性だけでなく、時に患者さんのQOL(生活の質)を大きく損なうことがある。例えば、「しばしば絡む痰を人前で吐き出すことができず、頻繁にトイレに行くので同僚から怠けていると思われる」と話す女性がいる。また、「痰がのどに絡んでむせってしまい、夜中に何度も目が覚めて十分な睡眠が取れない」と言う患者さんもいる。後鼻漏は食事の刺激によっても誘発されるため、会食ができないという訴えも聞く。

こうした症状を持つ患者さんに対して、これまでの医療ではあまり有効な手段がなかった。症状がひどい場合は鼻の神経を外科的に切断するなどの方法が取られてきたが、手術に伴う苦痛や後遺症が少なくないなどの弊害もあった。

増殖した鼻腺を縮小させる治療法
多くの場合、後鼻漏はのどの異常として自覚されることが多いが、発症の原因は鼻にあり、その大半は鼻粘膜の変性である。慢性鼻炎、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎などで炎症状態が長期間続くと鼻粘膜が変性し、鼻水を作る鼻腺の異常増殖を来す。変性する場所によって、余分な鼻水がのどに流れ込むと後鼻漏になる。

後鼻漏を訴える患者さんを経鼻内視鏡で観察すると、鼻腔内の複数の個所で炎症所見が認められる。このことは鼻腺が広範囲にわたって増殖している可能性を示し、治療ではまず炎症を抑えて、後鼻漏の原因となる鼻粘膜の変性個所を特定することが重要になる。

アレルギー性鼻炎などでは、薬物療法として抗ヒスタミン剤や抗アレルギT削が用いられており、鼻症状の緩和に役立っている。しかし、アレルギー性だけが原因とは限らない後鼻漏では、これらの薬物療法の効果はあまり期待できない。

私は後鼻漏に対して、エタノールを含んだ薬液を注射する「粘膜注射療法」という独自の治療法を行っている。その最大の特徴は、適度のエタノールで鼻粘膜の本来の生理機能組織をほとんど損なうことなく、変性した組織のみを脱水し、異常に増殖した鼻腺を縮小させることである。これまでに数百例の患者さんに治療を行ってきたが、多くの患者さんで期待以上の手応えをつかんでいる。

従来、見過ごされてきた後鼻漏が、QOLの観点から注目されつつある。症状に苦しんでいる人はあきらめずに、信頼できる耳鼻咽喉科を受診してほしい。そして、経鼻内視鏡検査を受けて、鼻粘膜の形態学的な変化を診てもらうといい。粘膜注射療法は後鼻漏のみならず鼻水、鼻づまり、くしゃみ に悩むアレルギー性鼻炎にも有効だが、適応を見極めて最も効果的な治療法を選択してほしい。医師との信頼関係を築くには、医師と患者が率直に話し合って病気を克服しようとする姿勢が大切である。
(談話まとめ:田野井 真緒=医学ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2010/10/04号、呉 孟達=アレジオ銀座クリニック(東京都中央区)院長]堀田 宗路=医学ジャーナリスト]
[イラスト:市原すぐる]

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