【思いやりと関心】

彼岸の日、工場長の彼は隣町の和食店で町おこしのキーバーソンと会った。男性ではなく女性だったことが意外だった。年齢は1回り上の63歳。干支が同じだったので親しみを覚えたが、仲介してくれた板前のUさんから「細かい経歴を聞くのはノー」と最初にクギを刺された。仮に喫茶店のマス ターに相談したとしても、マスターの経歴を聞きたがる人が多い。経歴にこだわりたいなら大会社の社長さんにでも相談すればいいとの理由に、彼は心の底を見透かされた思いがした。

彼女と町との接点は、幼少期を過ごしたとのこと。教育畑が長かったそうで、自然と学校の話になった。

問題に共通して横たわるもの
活気ある教室作りへの意識が高い教師のクラスは、結果的に生徒たちが伸びるという。勉強の仕方を指導したり目標を設定したりしなくても、生徒たちは自分とほかの子供の長所にも気づくようになり、できる子ができない子を教えるようになる。それができないから企業は参っていると思った彼は、「それって言うは易しで行うは難しいではないですか?」と告げた。そうかな、と笑った彼女は、紙ナプキンにペンで「思いやり」と書いた。

例えば黒板に「思いやり」と書く。「自分の思いを人にやるのが思いやり。他人という相手に思いを差し上げれば、自分は空っぽになってしまう。さて、どうしましょう」と言うと、生徒たちはうーんと頭を抱えて考える。頃合いを見て、「不得手」と黒板に書く。自分が苦手としていることと説明すると、生徒たちはうんうんと領く。

できない者同士が互いを思いやるのは簡単。相手の気持ちが分かるから。でも計算が得意な子は、算数を苦手としている子を温かい目で見られるかな? 思いを差し上げられるかな?自分は得意なのに、それができない相手を思いやるのが難しいのは、覚えるのに多くの努力と時間を費やす子の姿が想像できないから。「みんな一人ひとり違うけど、それが自然。モノサシは、人それぞれにみんな違うの」と言ったら、2人の生徒が手を挙げた。「モノサシを共通にする手段が思いやり」 「デコボコの穴を埋めるのが思いやり」。正解だけど、なぜ平均化するの?と彼女が問うたらこう答えた。「みんなのこと、全然知らないから」。

いい教育者で、頼れる上司だったんだろうなと夢想していた彼は、何が言いたいか分かります? とふいに問われて「愛ですか?」と答えた。「優等生の答えね。正解は『カンシン』。相手にもっと関心を持とうっていうこと。関心が消えたら、ばらばらになるしかないの」。失速している会社も、高齢者が多く暮らす町を活気づけるのも、騒がれている消えた高齢者問題も、共通用語は無関心なのかもしれないと、彼はぼんやりした頭で考えた。

[出典:日経ビジネス、2010/09/13号、荒井 千暁=産業医]

このコラムについて
月1回、51歳の「彼」の視点を通じて、働き方や生き方の多様性を考える。メーカーの早期退職を1年間棚上げし、急逝した工場長Kの後任に就いた彼。現場には問題が山積していた。一方、高齢化で衰退していた隣町は復興した。彼は町おこしを牽引した人物に興味を持った。

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