【愛ある町、薄れゆく会社】
「開発5課の新規事業が苦戦ですね」「事業拡大はムリでしょう」「国内ではね」。お盆休みの中、数人が隣町の和食店でテーブルを囲んでいた。大半の単身赴任者が帰省する一方、受験生を抱えた家族は居残り組が多い。家にいても邪魔者扱いされるだけと嘆く社員に、じゃあ集まろうかと、工場長の彼がイントラネットに掲載している「工場長の散策日記」で呼びかけたのだ。
飛び交った意見は分からないでもない。でもそれなら隣町は何なのか。県内で高齢者比率が最も高いという町で、高齢者が邪魔者扱いされず、お荷物にもならず、むしろ町を活性化する当事者になっている現実は、どこから生まれたのか。その理由を知りたいと彼は思う。
午後10時、暖簾を下ろして車座に加わった板前のUさんに「町が変われた秘訣はどこにあったのでしょう?」と問うてみたら、抽象的な表現が返ってきた。「丸ごと認めたうえでの愛でしょう」。
「丸ごと認めたうえでの愛」とは
隣町の人口は年々減っていた。町立病院は医師が引き揚げて空洞化し、自治体がその後の運営を委託した民間の指定管理者も二転三転した。転入してくる若年家族や壮年家族も少ない。地
場産業の漁業は青息吐息。そうした事情を分かったうえですべて是とし、まずは自分たちでできることを考え、それから自分たちでしかできないことの仕組みを一緒に考えていきましょうと、町おこしを主導したキーバーソンは繰り返し語ったという。
町には経験豊かな高齢者がいる。実り多い自然があり、漁業のノウハウもある。こぢんまりしているとはいえ、老舗企業もいくつかある。「どれも宝じやないですか」と言われた時は、衰退の2文字が気になっていただけに胸が熱くなったと、Uさんは明かした。「言葉の端々に愛を感じた。町を丸ごと愛してくれている。それならあの人と心中しようかと(笑)、私たちもその気になっていった」。
その気にさせるのは愛か、言葉の力か、それとも情熱か。改まって愛を口にするのは照れくさい。でも彼は、社員たちに質問を投げた。「ウチにも、その愛はあるだろうか」。
早期退職勧奨を受けて離職していった中堅社員は、別れ際に「会社にはかつての愛が、もうない」とこぼした。本社から配置転換となった30代の社員も、「ドライな職場」との言葉を残して去っていった。
愛が薄れているのだろうか。「コモデイティー(一般)化の波には逆らえない」と語ったのは開発課長。「長いものには巻かれろとも言うし」。正論だろうが、しょせんはこんなものと弛緩し、それに慣れきっている空気が彼には気になる。情熱は薄らいでしまったのだろうか。「キーバーソンはどんな人です?」と、彼はUさんに尋ねた。
(談話まとめ:内藤 綾子=医療ジャーナリスト)
[出典:日経ビジネス、2010/08/9-10号、(荒井 千暁=産業医)]
このコラムについて
月1回、51歳の「彼」の視点を通じて働き方や生き方の多様性を考える。メーカーの早期退職を1年間棚上げし、急逝した工場長Kの後任に就いた彼。現場理解に努める航開発5課の社員4人が辞表を出すなど問題は山積している。一方、衰退していた隣町は復興を遂げた。
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