【成人に流行する百日咳】

最近、咳が続いているNさん(35歳)。風部だろうと思っていたが、百日咳が流行していると聞いて不安になった。受診した方がいいだろうか。

百日咳は乳幼児の代表的な感染症である。しかし最近、20〜30代を中心とする成人で百日咳が増えていることが問題になっている。

国立感染症研究所が小児科定点で行っている感染症発生動向調査では、2000年には2%台だった成人確患者が2007年には30%を超えた。2010年も5月の連休明けから急増。全体の5割を超え、集団感染も発生している。これは小児科定点からの報告のため、実際にはさらに多くの罹患者がいると考えられる。

百日咳は、咳で菌を含む飛沫が飛び散り、それを吸い込むことによって感染が広がる。乳児が感染すると特徴的な咳発作を起こし、無呼吸発作や肺炎、脳症を併発して生命に関わることもある。春から夏にかけて患者発生数が増加することが多い。

咳や鼻水などの風邪症状から始まり、次第に咳が激しくなる。発熱はないか、あっても徹熱程度。「コンコンコン」という連続した短い咳の後に「ヒュー」と深く息を吸い込む特徴的なけ いれん性の咳発作を起こす。この咳発作は夜間を中心に繰り返し起きることが多い。発症から完全に治るまで2〜3カ月程度の期間を要する。

乳児の場合は母親からの免疫の効果があまり持続せず、感染すれば早期から発病する可能性がある。低月齢ほど重症化しやすく、生後6カ月以下の乳児は死に至る危険性が高くなる。しか し現在では、百日咳ワクチンを含むDPT(3種混合)ワクチンが広く普及。乳幼児の羅患者は著しく減少した。

ワクチン効果の低下が原田?
一方、成人層での百日咳の流行は、米国や欧州でも見られる。原因として考えられるのは、ワクチン効果の減弱である。

現在日本で使用されている百日咳ワクチンは、菌そのものを弱毒化した生ワクチンではなく、発熱物質を取り除いた精製ワクチンだ。生ワクチンと異なり、体内で病原体が増えないため、 月日が経過すると抗体の減弱は避けられない。

それでも従来は百日咳に感染・発病する人がそれなりにいたため、自然に菌の暴露を受け、免疫が維持されていた。だが予防接種が普及し、百日咳に自然感染する人が減少。その結果、百 日咳に対する免疫が維持できず、かえって罹患する人が増えていると考えられるのだ。

成人の百日咳では咳が長期間続くが、乳児のような激しい咳発作は起こさない。咳のために熟睡できず体力が低下したり、女性では激しい咳込みで肋骨を骨折したりする例があるものの、 一般的には軽症で、「咳が長引く風邪」と思っているうちに気がついたら治っていたというようなケースが少なくないと思われる。

実はそこに問題が潜む。発熱がないためにただの風邪と思って医療機関を受診せず、受診した場合も本来小児の疾患のために正しい診断が下きれず、見過ごされる可能性がある。その結果、咳が続く長期間、菌をばらまき、感染を広げていく。それがワクチン未接種で抵抗力のない乳児間へ広がれば、深刻な被害をもたらしかねない。

そうした事態を回避するためにはどうすべきか。発熱がなく、痰がからまない連続した咳が続く時は、早めに医療機関を受診してほしい。百日咳と診断されれば、抗生物質で治療する。数 日の服用で菌を死滅させられるが、毒素まで取り除き再発を防ぐには、2週間ほどの服用が欠かせない。

咳が治まるまではマスクの着用が望キしい。衣服や家具に付着した飛沫が手につき、鼻や口に触って感染することもあるため、石鹸を使って流水で手を洗う必要がある。タオルの共用も控 えたい。
(談話まとめ:繁宮 聴=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2010/07/26号、安井 良則=国立感染症研究所(東京都新宿区)感染症情報センター主任研究官]
[イラスト:市原すぐる]

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