【競争相手は誰?】

アパートに戻って上着を替えた工場長の彼は、隣町にある和食店に向かった。地魚料理と酒蔵直営が売りの店だった。彼は、先月辞表を出した開発5課の4人を誘っていた。腹の底に秘められたはずの思いを、もう少し聞いてみたいと思ったのだ。

最後に出されたお茶を飲みながら、5人して板前のUさんと、カウンターを挟んで話した。「僕もUさんのようにいろいろな世界と接したい」と嘆く社員に、「どこであっても、思ったほど世界は広くない」とUさんは言った。「辞表は考えた末のこと」「自分の限界が見えてしまった」と語った社員たちには、「自分で下した結論ならそれでいい」と告げていた。

74歳になるUさんは、50歳まで杜氏をしていた。品評会で何度か金賞も取ったが、51歳の時にクモ腰下出血を経験したという。手際良い手術とリハビリの甲斐あってうまく回復したものの、味覚だけは戻りにくかった。酵母と麹菌が根づいた米を時間単位で吟味する 杜氏にとって、味覚障害は致命的だったようだ。

蔵元の社長にもう仕事はできないとUさんが告げると、それなら店の方を手伝ってくれと誘われた。働く場を蔵の外に移すことになった翌年、ウソのように味覚が戻った。「でも、杜氏に戻ろうとは思わなかった。決まったことは決まったこと。後継者が育っていた現場を混乱させたくなかった」。

後輩を育ててきたから酒蔵をつぶさずに済んだ、それが唯一の救いだったと、Uさんは静かに振り返った。

人を育てなくなつたのはなぜか
3時間ほどいた店を後にした5人の口は、一様に重かった。自分を含め、社員たちがしゃべろうとしない理由が、彼には分かっていた。Uさんの語りが、しごくまっとうだったからだ。しかも、後輩を育ててきたことが救いだったとの言葉に、自らの身を重ねていたに違 いない。

私たちはなぜ、人を育てなくなっているのか。自分のことで手いっぱいになっているからだろう。査定のせいかもしれない。査定は競争相手を周囲に生み出す。競う相手が減れば減るはど、居心地は良くなる。だが、内側だけにしか向かなくなった視線は、創造的な 行為に対して無頓着になる。

そんな話をしていた時、Uさんから問われた言葉に、誰もがたじろいだのだった。「競争相手は、社内の人たちですか?」。

Uさんが勤める店のある隣町では、働いている高齢者を多く見かける。少子高齢化が進んだ隣町では「高齢者が働ける町」を合言葉に、漁業を軸にした地場産業で財政を立て直しつつある。自分たちが口をつぐんでしまった最大の理由一それは、奇しくも1人の社員が語ったように、住んでいる世界の差を思い知らされたからなのかもしれない。

[出典:日経ビジネス、2010/07/12号、荒井 千暁=産業医]

このコラムについて
月1回、51歳の「彼」の視点を通じて、働き方や生き方の多様性を考える。メーカーの早期退職を1年間棚上げし、急逝した工場長Kの後任に就いた彼。現場の雰囲気が分かってきた矢先、開発5課の社員4人が間是を話し合う場もなく辞表を提出した。

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