【緊急事態発生】

開発5課の社員が4人、一斉に辞表を出してきたと総務課長から連絡を受けた日の午後、工場長の彼は5課がある建物に向かった。

5課は騒然としていた。業務をこなす課員の隣で、私物を整理する課員がいる。鳴りっぱなしの電話がそのまま放置されている。仕事どころではないといった雰囲気が漂っていた。

中堅社員から「工場長!」と呼ばれて立ち止まると、「このままでいいんですか」と詰め寄られた。「リーダーは?」と問うと「逃げられましたよ」との声が返ってきた。5課で何が起きたのか、話を聞く必要がある。

工場長の彼は空いていた大会議室の扉を開け、課員たちを招き入れた。十数人が一斉に入ってきた。「私たちは上の人たちの言いなりですか」「詳しい経緯も知らされないまま事業化決定とは、どういうことですか」「これまでの失敗が何一つ生かされていない」。畳み掛けるとはこういうことか。

5課の存続が、にわかに危ぶまれていた。製品化にたどり着いても売れないという失態を、これまで3度も経験していた5課。今回はバイオ技術を使って健康産業の新ビジネスを展開すると、昨日プレス発表したばかりだった。

ちょっと待ってくれと彼は言って、私物を整理していた数人を呼んだ。辞表を出した課員たちだ。「あなた方の意見を聞かせてくれないか」と促した。

議論の場なく鬱積する問題
出てきた意見は大きく2つ。まず大事な情難が降りてこないこと。「新たなビジネスについては、2週間ほど前に構想を聞かされたばかり。健康バイオ事業はこれまで手がけてきたことのない新分野なのに、5課が担当すると知らないうちに決まった。決めたのは開発部長とリーダーらしいが、私たちは何も聞かされていません」。

次に出てきたのは、場当たり的なビジネス展開への不満。「派手にプレス発表しても、その後は無計画。開発課と品質保証課が常にぎくしゃくしているのは、売れないものを作らされるからだ。査定は最低だし」「新規開発は成功する確率が低い。だが、それを隠れ蓑にしてムダなことばかりしている。開発部長やリーダーは、『これだけやっています』と内外にアピールしたいだけなのではないか」。

休職中の課員を3人も出している5課は、問題点を話し合う場がないのだろうか。「そんな場など、ないです。ウチの課はミーティングがないですから」。えっと彼は思った。ミーティングがない理由は?「1人1テーマだから、互いの話し合いは不要というのがリーダーの持論です」。

「対策を急ぐ問題だ。2カ月待ってくれませんか、辞表の件も」と彼は告げた。5課への対応を考えてくれるよう本社に連絡し、辞表はしばらく預かる旨を課員たちに伝えた。

[出典:日経ビジネス、2010/06/14号、荒井 千暁=産業医]

このコラムについて
月1回、メーカーに勤務する51歳の「彼」の視点を通じて、働き方や生き方の多様性について考える。早期退職を1年間棚上げし、急逝した工場長Kの複任に就いた彼。工場内を歩き「工場長の散策日記」を発表し始めると、現場の雰囲気が分かってきた。

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