【親知らずの移植】

虫歯で奥歯を抜くことになったKさん(43歳)。抜歯した奥歯の所に、親知らずを抜いて移植することができるかもしれないと言われたが、どういうことだろう。

「移植」と言うと、腎臓や肝臓などの臓器移植を思い浮かべる人が多い。しかし、あまり知られていないが、自分の歯を抜き、抜いた場所に別の歯を移植する「自家歯牙移植術」も古くから行われている。移植に多く用いられるのは、抜歯しても噛み合わせなどに影 響が少ない親知らず。親知らずが移植できるのは、奥歯の臼歯だ。

自家歯牙移植術は自分の歯を利用するため、「義歯など人工的なものを入れたくない」「治療部位をブリッジにすることで隣接する健康な歯を削りたくない」「インプラントには抵抗がある」といった人に有効である。

ただし、すべての親知らずが移植に使えるわけではない。第1に、親知らずが虫歯などにかかっていない健康な歯であることが条件になる。さらに、移植のためには完全な形で抜けることが必要なので、親知らずが真っすぐ生えていることも重要だ。一方、移植される部位については、歯が生着できるのに十分な歯槽骨(しそうこつ:歯根を支えている 骨)の量があることが大切である。

従来の自家歯牙移植の治療の流れは次の通りだ。まず、移植される場所(移植床)に生えている歯を抜いた後に、移植する親知らずを抜歯。次に移植床の歯槽骨の形を親知らずの根の形に合わせて削って整える(形成)。最後に、親知らずをそこに埋め込み、7〜10日 間固定する。数カ月後に歯が落ち着いたところで、上下の歯の噛み合わせを整える治療を行う。

抜歯から移植までの時間を短く
歯を生著させるためにもポイントが3つある。1つ目は、抜いた親知らずの根の外側を覆っている歯根膜の損傷を最小限にとどめること。歯根膜は歯根と歯槽骨を結びつける役割を果たしているかちだ。2つ目は、移植床の形と移植する親知らずの形を合わせること。3つ目は、抜歯から移植までの時間を短くして、できるだけ新鮮な親知らずを植えることだ。

ところが、従来の方法では親知らずの抜歯後、その歯を使いながら移植床の形を整えるために、移植までに時間がかかるという課題があった。加えて、移植床の形を整える際、移植歯である親知らずそのものを型として使うので、生着に重要な役割を果たす歯根膜が傷つくことがあった。

これらの問題点を解消し、成功率を高めた新しい移植法がある。移植する歯のレプリカ(複製)を作って使う方法だ。まず歯科用コーンビームCT(コンピューター断層撮影装置)という機器で、親知らずと移植床の状態を撮影する。この検査で、親知らずが移植に適した形をしているかどうかを確認できるとともに、移植床の骨の厚みなどが把握でき、移植の適応かどうかの判断ができる。移植できると診断されれば、撮影された3次元画像データに基づき、親知らずのレプリカを作る。

移植の際には、このレプリカを使って移植床の形を整えるため、親知らずは移植の直前まで抜歯しなくてよく、新鮮な状態で移植床に埋め込める。また、移植する親知らずの歯根膜の損傷が最小限で、時間を気にすることなく正確に骨を削って移植床を作れる。つまり、移植成功のための3つのポイントが実現できるというわけだ。

従来の移植術の場合には、生着率を上げるために、親知らずの抜歯から移植までを30分以内に行うことが推奨されていた。レプリカを使った方法では、実際にかかる時間は1分以内と大幅に短縮されている。

ただし、レプリカを使った移植の場合は保険が利かず、レプリカ作成費、手術費を合わせて1本12万〜13万円ほどの費用がかかる(従来法で保険が利くケースでは3剖負担で1万円弱)。高価でも自分の歯を生かしたいという人には、選択肢の1つになるだろう。
(談話まとめ:武田 京子=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2010/05/24号、本田 雅彦=日本大学歯学部付属歯科病院口腔外科T(東京都千代田区)歯科医師]
[イラスト:市原すぐる]

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