【「ドクハラ医師」を許すなかれ】

メーカーの企画部に勤務するBさん(56歳)が、涙をこらえながら私のクリニックを訪れた。乳ガン検診で異常 を指摘され、紹介されたある総合病院を受診した際、外科医長が「あなたはもう手遅れです、助かる見込みはない」と、いきなり言い放ったという。そして、「でも、私が手術をすれば助かるかもしれない」と言って、高慢な態度で説明を続けたそうだ。普段、明るく、しっかり者で通っているBさんのショックの受けように、付き添ってきた家族も驚いていた。

こうした医師によるドクターハラスメントを受けると、患者にとってはかなりのトラウマ(心的外傷)となり、治療を受ける気力が減退する危険もある。同じ医師として、患者への暴言には憤りを感じる。企業におけるパワーハラスメントやセクシュアル・ハラスメントと同様に、ドクハラも医療界から撲滅していく必要がある。

患者に非があるわけではない
ドクハラのほとんどは、少数の特定の医師によって行われている。Bさんがドクハラを受けた医師も、その横暴ぶりが患者の間で噂になっていた。

医師の不遜な態度を放置している病院には、マネジメントの責任を問うべきである。繰り返し被害に遭う時は、投書するなどして院長に知らせることだ。告発して自分が不利な立場になるのではと心配に思うかもしれない。し かし、多くの病院では良質な医療を提供しようと努力している。患者の声に耳を傾けようとしなかったり、ドクハ ラが明らかになっても改善しないような病院なら、受診しない方がいい。

ドクハラの背景の多くには、医師の欲求不満があるように思う。例えば、大学の医局から派遣されて意に添わない病院に勤務している、思うように出世ができない、本当は研究がしたいのに臨床現場で働かなければならないといったケースだ。自分の置かれている環境や立場に満足できずに、仕事にやりがいを見いだせない。そうした不満を患者にぶつけてしまうのである。国による医師の強制的な配置制度などが進めば、弊害としてこうした問題がさらに出てくる可能性もある。医師は自分の理想に合った場所で、充実感を持てるように働くべきだと、私は思う。

不幸にもドクハラを受けた患者は、大抵が「自分の話し方や態度が悪かったからだろう」などと、自らを深く傷つけてしまう。私は患者からドクハラの被害を告白された時には、「自分を責めないでください。あなたが悪かったから、そういうひどいことをされたのではないのです」と話すことにしている。それを聞いて、ほとんどの人は涙を流す。そうしてようやく、自責の念から救われるようだ。

患者は自分の命を預けるのだから、理念や目標を持って生き生きと働いているような、「幸福そうに生きている医師」を選んでほしい。

[出典:日経ビジネス、2010/02/08号、江田 証=江田クリニック院長]

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