【黒焼きの不思議な効果】

江戸時代、イモリの黒焼きが大ブームになった。何でも惚れ薬として抜群の効果があるという。盆踊りで意中の娘を狙って、イモリの黒焼きを振りかける男たちも続出した。こんな話がある。ある男がイモリの黒焼きを懐に入れて、美女に振りかけようと機会を狙っていた。願いがかなって美女と出会ったのはいいが、間違って隣の美女とは言い難い娘にかけてしまった。

男は慌てた。娘が男に夢中になり、追いかけてきたのだ。男は逃げまくり、ついに川に突き当たり、渡し船に飛び乗った。追いかけてきた女もドブンと川へ飛び込み、さらに男を追ったが、水で黒焼きが洗い流されるとハツと我に返り、何事もなかったかのように岸へ上がってどこかへ消えたという。

肥前平戸藩主の松浦静山が記録した『甲子夜話』(かっしやわ)にも、イモリの黒焼きが出てくる。それによると、老中の田沼意次は井上伊織、三浦正司らを家臣として重用し、黒沢一郎右衛門を軽んじていた。そこで、黒沢がイモリの黒焼きを主君に振りかけたところ、たちまち目をかけられ、運が開けたという。

古くから伝わる療法の中で最も奇妙なものは、こうした男焼きの類いであろう。山ウサギの頭の黒焼き、モグラの黒焼きなど、奇怪な黒焼きが多数伝えられている。ちなみに山ウサギの頭の黒焼きは女性の血の道症に、モグラの黒焼きは痔に効くとされている。

加熱で生じる薬効成分
本当に効くのだろうか。惚れ薬の方は期待できないだろうが、黒焼きそのものにはれっきとした効果が認められている。伯州散(はくしゆうさん)という漢方薬は、急性・慢性の化膿疾患に効果を見せることで定評がある。

これはモクズガニ、マムシ、シカの角をそれぞれ黒焼きにして、その粉末を混ぜただけの薬。黒焼きは物体を炭化させただけで、炭素とタール以外何もないと非難されたこともあるが、実は焼いたり蒸したりすることで、その物質が持っていなかった薬効成分が生じてくるのだ。

最近、梅干しの黒焼きが静かなブームとなっている。焼いた梅干しは苦から風邪を引いた時の特効薬としても用いられてきた。この梅干しの黒焼きも、梅を加熱する過程でムメフラールという成分ができてくることが分かってきた。この成分には血液をサラサラにする働きがあり、高血圧、動脈硬化、糖尿病など、生活習慣病の予防に役立つ。

血液のサラサラ度は体調を測る目安ともなる。病気の時はもちろんだが、ストレスがかかるだけでも血液はネバネバして流れが悪くなる。風邪を引いた時はもちろん、何となく元気が出ない時にも、梅干しの黒焼きを試してみてはいかがか。

作り方は簡単。梅干し1個をフライパンの上で、ほんのり焦げ目がつくまで弱火で焼く。コツは満遍なく焦げるように何度かひっくり返すこと。できたら、湯のみに入れ、熱湯を注ぎ、上澄みを飲む。黒砂糖、ショウガを加えると飲みやすい。健康食品としても市販されている。

[出典:日経ビジネス、2010/01/18号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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