【「擬音語」で学ぶ胸痛】

水たまりも凍る寒い夜だった。行きつけのバーのカウンターで私がポール・ジローのコニャックを飲んでいると、体格の良い男性が隣に座った。起業家を名乗るAさん(48歳)とは、郷里が一緒だと分かり打ち解けた。

会話の中で、最近胸がよく「ギューツ」.と締めつけられると言ったので、早く医者に診てもらった方がいいと話した。その直後、Aさんが先にバーを出ると突然大きな音が聞こえ、様子を見に行ったバーテンダーが、胸を押さえて倒れているAさんを発見した。

手塚治虫の描く外科医ブラック・ジャックは、いつでも手術ができるように夏でも黒いコートを着ていて、その裏にはたくさんのメスを入れている。内科医の私は、医者になってから、いつも財布の中にニトログリセリンを忍ばせている。ニトロは内科救急疾患においてメスと同じ切り札となる。

持参していた往診セットでAさんの血圧を測定し、ニトロを服用させると軽快した。典型的な心筋梗塞であった。

「ギューツ」と痛むのは要注意
胸の痛みの原因はいろいろとある。瞬間的に「チクチク」する痛みは、心臓由来でなく筋肉や神経、骨格由来のことが多い。姿勢によって変わる痛みは、肋骨に沿った肋間神経痛や軟骨の痛みのことが多く、あまり問題はない。

「チクチク」した違和感の後、数日後に帯状の発疹が出てきて「ビーン」「ジンジン」と頑固に痛むのが、帯状疱疹である。重い神経痛を残すことがあるので、早めに受診してほしい。

呼吸に伴って痛むのは、肺由来の痛みである。熱を伴う胸痛は、肺の回りを取り囲む胸膜の炎症である胸膜炎の場合が多い。細菌やウイルスの感染のほか、ガンの胸膜への浸潤などのケースも考えられる。レントゲンを撮ると胸水がたまっているので分かる。「バーン」と突発し、呼吸困難感を伴う激しい痛みは、胸部大動脈瘤の破裂や肺の血管が急に詰まる肺梗塞の可能性がある。急激に発症し背中が痛む時は、すぐに救急車を呼んでほしい。

特に気をつけなくてはならないのは、Aさんが罹患した狭心症、心筋梗塞といった虚血性心疾患である。心臓の細胞に栄養を送って血管が細くなり、悲鳴を上げている状態が狭心症だ。心臓の細胞が実際に死んでしまった状態を心筋梗塞と呼ぶ。「ギューツ」と締めつけられるように数分間痛むのは、虚血性心疾患の可能性が高い。胸痛が起こる間隔が短くなると「不安定狭心症」といい、心筋梗塞になる一歩手前で非常に危険な状態である。すぐに医師に相談してほしい。

いずれにしても、胸の痛みは生命に危険が及ぶ疾患が隠れていることもある。一度、心電図やレントゲンなどの検査をしてもらうといいだろう。

虚血性心疾患は、暖かい場所から急に寒い所に出た時に発症することが多い。新年会など外出時には、ぜひ温かい服装で体をいたわってほしい。

[出典:日経ビジネス、2010/01/11号、江田 証=江田クリニック院長]

戻る