【勝海舟の秘密の健康法】

1863(文久3)年3月、京都寺町通りを歩いていた勝海舟の前に3人の刺客が現れ、斬りつけてきた。海舟の警護をしていた土佐の岡田以蔵は瞬時に長刀を引き抜くと、襲ってきた1人を斬り捨てた。残りの2人は恐れをなして逃げていった。すると、海舟は以蔵を注意した。「むやみに人を殺めるのは よくない。これからは気をつけるように」。感謝されると思っていた以蔵は、その言葉に耳を疑い、「ですが私がいなかったら、先生の首は既に飛んでいたのですよ」と反論した。

海舟は何度も命を狙われたが、一度も刀を抜いたことがない。刀をひもで結び、抜けないようにしていた。海舟は人の命を大切にしたが、自分の命に はあまり関心がないかのようだった。

健康についても同様である。こんなことを言って、多くの人を煙に巻いていた。「長寿法なんて、ほかにはないよ。俗物には飲食を摂して、適度な運動に努めなさいと言えばそれでいい。しかし大人物にはそうはいかない。見なさい。俺などはいくら寒くても、こんな薄っペらな着物を着て、こんな煎餅のような布団の上に座っているばかりで、別段運動をするわけでもない。それでも気血はちゃんと循環して、若い者も及ばないほど達者ではないか」。

手足の指をよく揉む
晩年の海舟は75歳という年齢にもかかわらず、冬でも火に当たらず、1日中座敷に座って、朝から晩までひっきりなしに訪れる客の柏手をしていた。医者がたまには外に出て運動をするようにと勧めても、「そんなことはバカにお言いなさい」と相手にしなかつた。不思議なことに、それでも海舟 はすこぶる健康だったのである。

どうやって健康を維持したのだろうか。実は海舟には、「刺絡(しらく)」という秘密の健康法があった。刺絡とは鍼療法の一種で、指や体のツボなどから悪血(おけつ)を抜く療法。末梢の血行を良くして全身の血液循環を促進する効果がある。

海舟はたばこ盆の引き出しに様々な小道具とともに、必ず鋭利なナイフを入れておき、これで刺絡を行っていた。「海舟は砥石をひきよせ、しずかにナイフをといでいる。とぎ終わると、ナイフを逆手にもって、チョイと後ろ頭をきる。懐紙をとりだして、存分に悪血をしぼりとっている。それがすむと、今度は指をチョイときる。そして存分に悪血をしぼる」。海舟が名探偵として登場する坂口安吾の推理小説集『明治開化安吾捕物帖』には、刺絡を行っている海舟が出てくるが、こうしてちよくちょく悪血を取っているのが、海舟の日常であったらしい。

刺絡は素人がすべきではないが、手や足の指をよく揉めば同様の効果がある。手足の指を1本1本丁寧に揉んでいると、手足がポカポカと温かくなり、 やがて全身の血液循環も良くなっていく。手足の指先にはツボの中でもとりわけ重要な「井穴(せいけつ)」がある。爪の生え際の角あたりに位置するツボだが、指先を揉むと井穴も刺激され、免疫を高めるとも言われている。運動不足の人はよく指を揉むようにしたい。

[出典:日経ビジネス、2009/12/14号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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