【失敗から鍼の神様に】

不器用な人ほど、失敗から学ぶチャンスがある。

伊勢国(津市)の藩士の長男として生まれた杉山和一(わいち)(1610〜94年)は幼くして失明した。家督を弟に譲り、自分は鍼術で身を立てるべく江戸に出たが、生来のろまで物覚えが悪く、器用さに欠ける和一には、鍼医は向いていなかった。いくら修業を積んでも、どうしても上手に針を刺すことができないのだ。

ツボという小さなポイントを探し出し、そこに針を打つには、繊細さが要求される。ヘタに針を刺されたら、患者は痛くてたまらない。あまりにも不器用なので、和一は師匠の山瀬琢一に破門されてしまう。

悲嘆に暮れた和一は、思い悩んだ末、江の島の弁財天に断食をして願をかけた。ここからは俗説になるが、断食祈願をして8日日の朝のこと。山から下りる途中、和一は石につまずいて倒れた。その時、体をチクリと刺す物がある。手に取ってみると、竹の筒で、中から松葉が出てきた。

その瞬間、これまで誰も考えたことがなかったアイデアがひらめいた。「管の中に細い針を入れ、それをツボに当てて、針を刺したらどうだろうか」。そうすれば、正確にツボを捉えることができ、細い針でも刺すことができる。しかも、針が細ければ細いほど痛くない。この結果生まれたのが、日本の鍼術が世界に誇る「管鍼(かんしん)法」だった。

元来、中国で生まれた針は太く、刺し方によっては強い痛みを伴う。刺す針の数も数本が限度である。これに対して、和一の考案した管鍼法で刺すと痛くないし、1回に20本も、30本も刺すことができるのだ。

鍼の刺激でリラックス
皮膚の弾性を利用して、微細な針を絶妙なテクニックで刺し入れていく管鍼法は、現代人のデリケートな体にはとりわけ向いている。不思議に思われるかもしれないが、管減法でたくさんの針を体に刺していると、全身がリラックスし、何とも言えない気持ちの良さがある。思わず眠気に襲われる。

この効果は、赤外線サーモグラフイーで確かめるとよく分かる。管鍼法でツボに針を刺すと、即座に皮膚温が上昇していく。副交感神経が優位になり、毛細血管が拡張するからである。これは体がリラックスしている証拠だ。

仕事に追われて、体がつらくてたまらないという人が現代にはたくさんいる。そんな人にもってこいなのが和一の考案した鍼術である。リラクゼーションを目的に受けるのもお勧めだ。

管鍼法で針を刺すようになってから、和一は腕をめきめきと上げた。後に第5代将軍徳川綱吉の鍼治療を任されるほど、実力のある治療家となった。

ある時、綱吉が日頃の感謝の気持ちを込めて和一に聞いた。「何か欲しい物はないか」。和一はしばらく考えてから、「何でも見える目が1つ欲しゅうございます」と言った。すると、綱吉は、本所一つ目(東京都墨田区千歳1丁目)に領地を与えた。後にここには弁天社が祭られ、現在でも鍼灸を学ぶ者の聖地となっている。

来年2010年は、和一生誕400年を迎える。現代人のために洗練された鍼術を残してくれた、和一の偉業を称えるいい機会である。

[出典:日経ビジネス、2009/09/21号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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