【へその下にある極楽】

ある時、高名な侍が仏法のあり方に深い悩みを抱き、江戸に上る途中で、駿河国原宿(静岡県沼津市)に白隠禅師を訪ねた。「地獄、極楽はどこにあるのでしょうか。拙者には分かりかねます。お教えくだされ」。侍が尋ねると、白隠は冷たく言った。「地獄、極楽など、武士が聞くことではない。そんなことを聞くのは腰抜け侍じゃ」。

侍が怒った。「何を申す。白隠たりとも許しておかぬぞ!」。侍が刀の柄に手をかけると、白隠はすかさず言った。「少しは骨のあるところを見せてみよ、腰抜け侍め」。

「何を!」。侍は太刀を抜いて、一打ちにしようとした。その時、白隠が言った。「それ、そこが地獄」。侍は刀を収めて考えた後、身を整えて深く一礼した。「なるほど、よく分かりました。拙者は一時の怒りで、身を滅ぼすところでした」。すると、白隠がまた言った。「それ、そこが極楽じゃ」。

白隠は意外なところに極楽があることも教えている。それは、へその下にある。白隠の言葉を紹介する。「若い衆や、死ぬが嫌なら今死にやれ。一度死ねばもう死なぬぞや。生きた中は憂も辛きも楽しみよ。侍じゃとて、死んでよかろか。丹田に主心定めて、よく見れば、じきに至善、生きた極楽」。

丹田は人体のへその下にあり、古来より気(生命エネルギー)が宿る場所とされている。ここを鍛えれば、苦悩から離れて、心が静まり、あらゆる難治の病気が底を払ったように全治して、生きたまま極楽の生活ができる、と白隠は言う。自隠自身、丹田を強化することで大病を克服している。

白隠の言う丹田を鍛える方法とは何か。白隠は調息の重要性を説いているが、これは「丹田呼吸」と解釈していい。古くから養生の極意とされている丹田呼吸にはいろいろなやり方があるが、初心者には次の方法が簡単だ。

1日10分からの丹田呼吸
いすに座って、両手を腰の辺りに当ててから、まず1で息を吐きながら、両手をゆっくり下腹に向かってずらしていく。2でさらに息を吐きながら、下腹の上で両手の中指を触れ合わせる。3でさらに息を吐いて、指先をへその下約3cmのところにあるとされる丹田に押し込みながら、残りの息を全部吐く。丹田に意識を集中して、全身のカを抜いて息を吐く。息を吸う時は、両手を腰に当てながら、丹田から肺までいっぱいになるように吸う。これを繰り返す。1回10分ほどで始めて、徐々に時間を延ばしていく。

気功、ヨガ、呼吸法などの修練をしている人たちは、丹田呼吸を毎日続けていると「丹田ができてくる」と言う。白隠も、「一身の元気はいつしか腰や脚部や足の真に満ち満ちて、丹田はヒョウタンのように太くなり硬くなってくる」と表現している。

筆者はそんなことが実際にあるのかどうか、疑問に思っていたが、最近、西野浩三氏が創始した「西野流呼吸法」(これも丹田呼吸の1つ)を始めたところ、その疑問が氷解した。確かに西野流呼吸法を行っていると、丹田がヒョウタンのように膨らみ、何とも言えない安心感、幸福感に満たされる。本当にそこに極楽があるのではないか、と思わせるカが丹田にはある。丹田呼吸を実践することをお勧めしたい。
[出典:日経ビジネス、2009/08/24号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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