【ピロリ菌の除菌で胃ガン予防】

中小企業の経営者であるFさん(67歳)が、息子さんに事業を継承することになった。本当にうれしいと喜ぶ一方、息子さんが胃・十二指腸潰瘍を繰り返していると、ため息をつきながら私にこぼした。自分が息子に過度なストレスを与えてしまっているのではないか。また、Fさんは胃ガンで手術をしており、自 分の血を継ぐ息子も胃ガンになるのではないかという心配に苛まれているようだ。

胃ガンの予防効果が科学的に証明された方法がある。それは「ヘリコバクター・ピロリ菌」という細菌を、抗生物質の内服により除菌することである。

ピロリ菌に感染している人の胃には慢性胃炎が必ず起こるが、ほとんどの人では無症状だ。静かに進行して慢性萎縮性胃炎を経て、胃ガンやポリープ、胃・十二指腸潰瘍など様々な病気をもたらす。50歳以上の日本人の8割がピロリ菌に感染しており、これが日本人に胃ガンが非常に多い原因なのだ。実に年間10万人が胃ガンになり、5万人が胃ガンで死亡している。

自費でも積極的に除菌を
「ピロリ菌感染者はすべて除菌すべき」。日本ヘリコバクター学会が2009年に公表したガイドラインは自信に満ちたものだった。この勧告には、強いエビデンス(根拠)がある。背景には、日本全国の医療施設の消化器研究者が総力を挙げて行った臨床研究が、権威ある英国の医学誌「ランセット(The Lancet)」に掲載されたことがある。「ピロリ菌の除菌で胃ガンの発生が抑えられる」という事実が確定的となり、 国際的にも極めて高い評価を受けた。

私はFさんに説明した。「息子さんを苦しめているのはFさんではなく、ピロリ菌です。ピロリ菌がいない人にはストレスがかかっても、潰瘍はほとんどできません。胃ガンにもなりにくいのです。ピロリ菌を除菌すれば、潰瘍の再発は99%なくなります」。

ピロリ菌を抗生物質の内服で除菌すると、胃ガンになる確率は減少する。一度胃ガンを発症した胃粘膜でさえ、胃ガンの再発率が3分の1になることが分かっている。除菌は若い年齢でするほど、胃ガン予防の効果は高い。

この説明を聞いて、息子さんはすぐにピロリ菌の除菌を行った。その後はちょっとしたストレスがかかっても潰瘍は再発せず、慢性胃炎も消えた。Fさんはこれで安心して引退できるよ、と私に何とも言えないいい顔でほほえんだ。

日本では現在、潰瘍がない慢性胃炎の人は除菌が保険で行えず、自費になる問題がある。医療情勢がエ ビデンスに追いついていない状態だが、読者にはぜひ、積極的に自費で除菌してほしい。私は、日本人のピロリ菌感染者のすべてが、保険で除菌できる時代が来ることを夢見ている。特に、成人式を迎えた若者全員にピロリ菌検査を実施して、胃炎が進行する前の段階で根こそぎ除菌し、胃ガンを封じ込めるのが望ましい。それが将来的には、医療費の削減につながると確信できる。そして、この胃ガン大国で、多くの人の命を救えるはずだ。

[出典:日経ビジネス、2009/08/10・17号、江田 証=江田クリニック院長]

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