【残すものと捨てるもの】

「大企業病」と呼ばれる壁を感じつつも、自分の会社を微力ながら変えることができていると語ったのは、メーカーで事業部長を務める田中さん(50歳)。慣例化していた業務のおよそ半分・を撤廃した。

昨年のトラブルが契機になった。不良品が急に増えたとのクレームが、納入先から寄せられた。その率何と7%。前日には業者から、「原料の生産中止が決まり、今後供給できなくなります」との連絡が届いたばかりだった。ダブルパンチに、工場内は騒然となった。

田中さんは昨年までの6年間、マレーシアに赴任していた。工場の立ち上げから関わっていたから、トラブルでも慌てなかった。設備保全課と品質保証課の頼れる若手3人組に対応を命じた。不良品を生み出していた原因が複数判明した。原料を調達してくれる別の業者も確保された。

教育体制の見直しを図る
「不良品のチェック体制と社員教育に問題があるのでは」と考えた田中さんは、品質保証課に出向いた。工場も課内も静かだった。そのどんよりとした静かさが気になった。

マニュアルを作成していた課長を連れ出した田中さんは、一緒に工場を見て回ることにした。生産ラインに張ってあったポスターには、「目標 不良品発生率1%!」とあった。昨年までの不良品発生率は、確かに1%未満だった。しかし7%という数字を1%にするには、何を変更して、それをどう徹底させるかという方法論の検討と実践が肝要だ。「対策を具体的に書き出そう」と、田中さんは指示した。

工場で働く社員の教育シートも見せてもらった。確認済みを示す捺印が並んでいる。そこで、具体的な教育方法を尋ねたところ、「マニュアルの改訂部分を回覧しています」という答えが課長から返ってきた。「えっ?」と声を上げた田中さん。「各自で読んでハンコを押すだけ?」と開くと、「はい」との答え。読まずに捺印する社員だって、いるかもしれない。

食堂前には、安全研修会を知らせる掲示があった。安全管理課が運営する研修会は例年、講話で始まり、ビデオが流れ、アンケート記入で終わる。しかし田中さんは、アンケート結果を読んだ覚えがなかった。ヒューマンエラーによる事故が年々増えていた。社員たちは安全や事故にらいて日頃何を思い、何を考えているのか。

感じたのは「ズレ」だ。社員たちの願いとは関係ないところで、行事が企画立案されているのではないか。そこで、全員にアンケートを実施した。「機嫌が悪いと口を利いてくれない人がいる」「声を荒らげる上司が怖い」「外から届く生の声を共有したい」「職場の人間関係を円滑にして生産性を上げたい」などの声に、目が留まった。

田中さんは、EQ(感情指数)教育の導入と「クレーム掲示板」の設置を決めた。一方、代わり映えのしない安全研修会と人権啓発研修会は撤廃した。

「慣例を鵜呑みにして疑わないから、フットワークが悪くなる」と田中さん。「慣れない仕事はイヤだと抵抗した人はいませんでしたか」と問うと、「慣れているかいないかより、何が要るか、要らなくなっているかです。それをそのまま伝えるだけで納得してくれますよ」。その後、「大概はね」と言いなが ら、田中さんはにやりと笑った。

[出典:日経ビジネス、2009/07/27号、荒井 千暁=産業医]

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