【「見ていてくれる人」の大切さ】

今年になってクレーン車が倒れる事故が2度も起きている。1度目は強風にあおられた時で、2度目は機材を持ち上げた直後だった。建設会社の安全管理室に勤務する豊さん(40歳)は、事故の原因を追ううち、いくつかの共通点に気づいた。

現場監督は、どちらも監督歴3年目の30代だった。さらに2人とも、クレーン車が横転する危険を察知していた。危険回避の指示がうまく伝わっていなかった点も同じだった。現場監督と操縦者の中継役をしていた社員たちは「具体的な指示はなかった」と語り、監督の証言と食い違った。社員の年齢は40代と50代だった。

現場の行動にバラつきがあるという話を耳にするようになったのは、いつからだろうと豊さんは思う。現場監督は場数を踏んで成長する。土木工学などを学んだ大卒の社員が現場を経験し、小さな現場を任され、いずれは大きなプラントの総責任者になっていく。こうした現場監督の育て方は昔から変わっていないから、若手の監督が急に増えたわけではない。

現場見守る「ボウシン」の不在
ある日、廊下を歩いていた豊さんは、耳慣れない言葉を開いた。「ボウシンがいなくなってから事故が増えた」。

社内野球部の飲み会で、設計部の同僚に「ボウシン」の意味を尋ねてみた。「現場のオヤジさんみたいな人だよ。役職に関係なく人望があって信頼されている。棒っきれの棒に、鉛筆の芯の字で『棒芯』。建築の業界用語だ」。

人望と信頼で事故は防げないだろうと感じたが、続いた一言にはうなずけた。「昔いた、岡部さんみたいな人だよ」。

岡部さんは高校時代に甲子園を経験しており、社内の野球部ではスコアラーをしていた。勝った試合のスコアブックは、長短打が緑、オレンジ、ピンク、赤で色分けされており、高原の花園みたいだった。負けた試合のスコアは尾瀬を思わせた。アウトを示す水色の中に残塁を示すバットが水芭蕉のように立っていた。納涼会の時も忘年会の時も、回覧されるスコアの周りに部員が集まった。眺めていると、どの試合も 鮮やかによみがえってきた。

岡部さんは、現場で選手一人ひとりの状態を「見ていてくれる人」だった。豊さんが覚えているのは、スランプに陥っていた時。理論を説くコーチとは対照的に、「毎朝60分走ってみたら」「運動は1週間休め」などと具体的なアドバイスをしてくれ、実行するとそのうちに復調した。

「現場を飛び回っていた方が性に合っている」が口癖だった岡部さんは、50歳になった時、植木職人の道を選んで社を去った。「私どもの時代は終わった」と送別会で岡部さんは静かに語った。スコアラーがいなくなると負ける試合が増え、部員は減っていった。

豊さんは岡部さんのことを考えた。時代が終わったのではなく、居場所がなくなったのではないか。

効率最優先が叫ばれる現場で、ヒューマンエラーによる事故が減らない。事故によって規場の仕事が滞れば、ムダな時間が生まれ、効率は落ちる。多くを語らず、常に見ていてくれ、話を聞いてくれる人が減っている。「相手の立場に立って親身になってくれる人をどう育てるかが喫緊の課題」と、豊さんは社内のリポートに書いた。

[出典:日経ビジネス、2009/06/01号、荒井 千暁=産業医]

戻る