【お茶の強さの秘密】

幕末の頃、茶の湯の宗匠が腰に刀を差して江戸に上った。宗匠に武道の心得はないが、辻斬りが出没して物騒だったので、殿様が帯刀を許したのだ。案の定、神田橋付近で浪人風の男に呼び止められ、真剣勝負を挑まれた。

「果たさなければならない用件がある。必ず戻るので、暫時、猶予を頂きたい」と告げると、男はあっさりと承知した。もちろん、全くの嘘である。

宗匠は思案した後、神田のお玉ケ池にあった北辰一刀流の開祖、千葉周作の道場を訪ねた。宗匠は周作に頼んだ。「同じ切られるにしても、帯刀を許してくださった殿様に恥のないよう、立派に切られる方法を教えてくだされ」。

周作は宗匠に茶をたててもらった後で言った。「お見事なお手前でござる。そのお心構えで相手に立ち向かえば恥ずかしいことは何もござらぬ。そのうえで、3つの覚悟をしてください」。

「第1は、男に『お待たせした』と一礼する。それから、真正面を見据えて、刀を抜き、大上段に振りかぶり、目を閉じる。第2は、敵が打ち込むのをひたすら待つこと。相手はしびれを切らして打ち込んでくるでしょう。相手が動いて冷気を感じた時に、その方向に刀を振り下ろす。これが第3。あなたも切られるかもしれませんが、相手も切られて勝負は相打ちとなります」

宗匠は男の待つ神田橋へ戻ると、教わった通りに大上段に構えて、目を閉じた。動く気配すらなく、泰然自若として構えている宗匠を見て、男は肝を冷やした。「参った!」と言う声が聞こえたので、宗匠が目を開けてみると、男が土下座をしていた。「貴殿のような豪気に溢れた剣客に会ったのは初めてでござる。拙者の及ぶところではないとお見受けした。ご容赦くだされ」。

コレラを死滅させる威力
同じく幕末の頃、日本に未曾有の事件が起きた。安政5(1858)年、コレラが江戸を直撃し、30万人とも言われる死者を出したのだ。江戸庶民はコレラに抵抗する術もなく、なすがままに見えたが、実は強力に防備していたことが近年になって分かってきた。

昭和63(1988)年、昭和大学医学部細菌学教室の島村忠勝教授(当時)は緑茶がコレラ菌の活発な活動を瞬時に止めてしまうことを発見した。コレラ菌を顕微鏡で見ると蚊が飛ぶように動き回っているのだが、そこにほんの少量の緑茶を加えると一瞬のうちに固まり、数時間後には死滅したのだ。

明治になってもコレラの大流行はあった。その後、徐々にコレラの力は弱まり、昭和になると稀な病気となっていく。

コレラが減った理由は衛生環境がよくなったことが大きいだろうが、江戸の頃から庶民の間でお茶がよく飲まれるようになってきたことも関係している。マウスの小腸にコレラ菌が定着してから5分以内にお茶を与えると、有効率は100%、30分後でも60%だった。中国で集団食中毒が発生した際、免れた人を調べたところ、お茶をたくさん飲んでいたともいう。

お茶はコレラ菌、赤痢菌、チフス菌、しばしば食中毒の原因となる腸炎ビブリオや0−157、さらにはウイルスまでやっつけてしまう。強いのは宗匠だけではない。お茶もまた、その深い味わいの中に真の強さを隠している。

[出典:日経ビジネス、2009/05/25号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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