【スリム化後の業務に戸惑う部下たち】

鬱病と診断された30代の社員が療養のための休みに入る。社員の上司はN課長(43歳)。半年前、地方の事業所から赴任してきた。彼の下で心身に不調を来した部下は、3人目になる。

部下たちと面談した部長の井本さん(50歳)は、みな同じ理由で体調を壊していったことに気づいた。原因は、N課長からの指示が粗雑なことと、不十分な引き継ぎにあるようだった。

例えば「ファイルしておいて」とメールに添付されて届いた資料。パソコンにファイルを保存するのか、それとも印字してからファイルに綴じて格納しておくのか。問うた部下は「以前と同じように」と回答された。以前の仕様が見当たらないから尋ねたのに、一つひとつの問答が完結しない。

「これやって」と指示されて、「あれ、できた? え、まだなの。早くして」と翌日聞かれたこともあるという。「ぼくは自動ワーク装置じゃない」。部下の社員はうつむいた。

早期適職制度で現場が混乱
引き継ぎが不十分になる理由は、必要な時間が取れなかったことにある。早期退職勧奨制度を利用して、中堅社員たちがこの春にばらばら辞めていった。退職時期は年度末前後という最悪のタイミングだった。

辞めると決まった人たちは、それぞれ有給休暇を消化しながら出社してきた。出社日に集中的に教えようというつもりなのだろうが、居残った社員たちもルーチンワークを抱えている。取りかかっていた仕事を急いで片づけて、いざ聞こうと思ったら相手は帰宅していた?───そんなことが頻繁に起こっていた。スリム化による人員構成の歪みは、改善されないままだ。

療養中の同僚の仕事が回ってきた部下は、引き継ぎが不十分なもう1つの理由に気づいた。どうしても分からない点があり、ためらった後、休職中の同僚に電話をして確認したら、彼も中途半端な引き継ぎしか受けておらず、要領を得なかった。締め切りの日、「キミの処理能力は意外に低いんだな」とN課長からあきれられた。

早期退職者の業務がA、Bとあり、療養で休職する人の業務がC、Dとあれば、AとBはこの人に、CとDはあの人にとN課長は割り振った。でもはかどらない。「現場が混乱している。 チームで仕事をしている実感がこのところない」と吐露した部下。とはいえ、上司の非を正面から指摘する行為ははばかられると部下たちは悩んでいた。

分かる部分と分からない部分がモザイク状に混在する仕事に囲まれて、部下たちは気持ちの持っていき場をなくしてしまったのだろう。

引き継ぎ業務は、今後幾度もすることになる。井本部長はN課長への個別対応とは別に、部署の全員を集めてメッセージを伝えた。

まず業務の全体像を理解する。次に、受け渡し業務をデザインする。例えばこの業務のここを担当してもらうと図示しながら伝えるとか、照合なら処理済み伝票を用意して突き合わせるとか。「要するに、相手の身になって具体的に示す。それまで知らなかった業務は、どうすれば伝わるか。そこを真剣に考えてもらいたいんだ」。

まずは1カ月、うまくいったらもう1カ月。自信はないが、牛歩のような足取りでも、1歩1歩前進できればいい。井本部長はそう思っている。

[出典:日経ビジネス、2009/05/04号、荒井千暁=産業医]

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