【“手遅れ”になる前の医師選び】

高血圧で他院に通院中だった会社役員のFさん(60歳)は、全身倦怠感を訴え、私のクリニックに来院した。症状をかかりつけ医に話すと、「疲れでしょう」と言われたとのことだった。

採血結果では軽い貧血を示しており、触診で下腹部に大きなしこりを確認した。そして、当院の大腸内視鏡検査で進行性の大腸ガンと診断された。転移があり、抗ガン剤の投与を行ったが、残念ながら手遅れの状態であった。

こうした「医者にかかっていたのに手遅れだった」という事態は、なぜ起こるのだろうか。それは、患者と医師の間の大きな意識のズレに起因する。

Fさんは、「高血圧で通院しているから大丈夫」と、奥さんに繰り返し話していたという。患者は、症状がなければ重大な病気はないと錯覚するし、医者にかかっていれば全身を診てもらっていると思い込んでしまう。

しかし、現行の国民健康保険制度では、医師が検査を行うには、患者に何らかの症状がなければならない。保険で予防的な検査や治療はできないことになっている。だが例えば、近年急激に増加しつつある大腸ガンは、初期には全く症状がない。腹痛や下痢、血便などの症状が出てくる段階では、転移の確率が高まる。早期に見つけるには年に1度の便潜血検査が必要で、陽性なら大腸内視鏡を受けるべきである。

私が研修医の頃、このギャップに悩み、先輩に「高血圧などの生活習慣病で診ていた患者が、気づかずにガンで手遅れになったとしたらどう思いますか」と尋ねたことがある。「それは現行の保険制度では仕方がない」と、きっぱり言われたのが忘れられない。患者と医師の、この意識のズレを認識していないと大変なことになる。

自費でも検診は受けるペき
医師の本来あるべき役割は、保険制度での制限があるにせよ、私は変わらないと信じている。症状があれば当然、検査を行うが、症状がなくても全身に気を配り、年に1度は胸部レントゲンや心電図、便潜血検査などを患者の自費でも勧める気遣いが必要だろう。

積極的に自費で人間ドックや検診を受けることは非常に重要である。さらに、自分の命を預ける医師選びも大切だ。名探偵シヤーロック・ホームズは、死体の衣服についていた毛糸の痕跡から犯人を見つけたりする。名医も同じで、患者の話に注意深く耳を傾け、「よく検査しておいた方がいいな」というかすかな手がかりからガンや危険な病気を早期に見つけるのである。

これは、現行の保険制度の中でも十分にできるはずだ。私は今年だけで4人、貧血を伴った腰痛持ちの高齢者から多発性骨髄腫という血液のガンを診断したし、軽度の味覚異常から多くの胃ガンを発見した。Fさんのかかりつけ医は、一度も触診しなかったそうだ。あの大きな腫瘤は、触れば推測がついたと思われるのが残念だ。

患者が名医を見分けるポイントをいくつか挙げた。参考にしてほしい。名医たる条件を、私自身は人間に対する愛情や共感を持っていることだと考えている。そして、自らの理念や人生の目的を語れること。語るべき理想や夢がなくては、よい経営者たり得ないのは医師も同じことだろう。

[出典:日経ビジネス、2009/04/20号、江田 証=江田クリニック院長]

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