【『養生訓』に見る腹八分の思想】

「珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分にあきみつるは後のわざわいあり。少しの間、欲をこらゆれば後のわざわいなし」「酒・食・茶・湯、ともによきほどと思うよりも、ひかえて七八分にてなおも不足と思うとき、早くやむべし。飲食して後には必ず十分にみつるものなり。食する時、十分 と思えば、必ずあきみちて分に過ぎて病となる」

『養生訓』で貝原益軒が唱えている「腹八分」は、近代の「カロリー学説」から見たら論外のことだろう。1900年代初頭、ドイツの生理学者ルブネルらはミュンヘンの労働者を調査し、彼らが1日3600キロカロリー以上の栄養を取っていたことから、元気で働くためにはたくさん食べることを奨励した。ルブネルの時代と違い、カロリーの取り過ぎはいけないというのが今では建て前となっているが、それでも十 分なカロリーを取らなければ、健康は維持できないと考えている人は多い。「腹八分」も、単に食物の取り過ぎの害を諌める言葉のように使われている。

誤解してはいけない。腹八分とは、その字義通り「カロリー制限」である。益軒は言う。「人の身は百年をもって期とす。上寿は百歳」。にもかかわらず「長命なる人少なし」「これ、皆、養生の術なければなり」。益軒の言う腹八分こそ、実は最高の長寿法だ。

このことは長寿遺伝子の発見によて裏づけられた。遺伝子とは、生物の細胞の中にあって、個々の遺伝情報を伝える基となるもの。現在、こうした遺伝子の中には、老化や寿命をコンロールしている遺伝子が50〜100個ほどあることが分かっている。中でも注目されているのは、米国マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ教授が、2003年に発見したSir2遺伝子である。この遺伝子をオフからオンに切り替えるなら、長寿となるだけでなく、老化のスピードが抑制されて、若々しい頭脳と肉体になる。

カロリー制限が寿命にも影響
Sir2遺伝子は誰もが持っている。その長寿遺伝子の活性法が、なんとカロリー制限だった。米国ウイスコンシン大学の研究グループはアカゲザルを15年間、カロリー制限して飼育したところ、いつまでも毛にツヤがあり、目つきが鋭く、動きも敏捷で、若々しかった。それに対して、カロリー制限をせずに好きなだけ食べさせたサルは、毛がぼさぼさで動作も鈍く、早く衰えてしまった。

カロリー制限をしたサルのガン発症率は低く、DHEASが2倍も分泌されていた。DHEASは若返りホルモンと して知られ、脳の神経細胞を増やすと言われている。長寿者とは病気と無縁で、いつまでも若々しく、元気な人たちのことである。そういう人たちは皆、長寿遺伝子が活性化されているのだ。

満腹になる前に食事をやめるコツは、食物をよく噛み、食事をゆっくり行うこと。できれば1口30回は噛みたい。ゆっくり食べれば益軒が言うように、腹八分でも後から満腹感を覚える。

また、運動をよくすることも長寿につながる。これまでの研究でも、長寿者には適度な運動を続けている人が多い。要するに、運動をすると細胞内のエネルギーが欠乏し、腹八分と同じ効果になるのである。

[出典:日経ビジネス、2009/03/02号、堀田宗路=医学ジャーナリスト]

戻る