【「社内KY」にならないために】

ここ数年、「KY=空気(K)が読めをい(Y)」が話題になった。2009年のテーマとして「空気」を挙げたのはMさん(金属メーカー人事課勤務、51歳)。「わが社の社風は官僚的で古くないですか?」という、品質保証課の部下Aさんからの問いに答えられなかったことがきっかけだった。

そもそも社風の定義が分からない。文化であり風土なのだろうが、会社の文化とか風土とは何なのか。それは会社という組織に根づくものなのか。日本という国にある文化や風土の影響をどの程度受けているものなのか。昨今盛んな“見える化”できないことだけに、Mさんには妙に新鮮だった。

社内を覆う“空気”を読む
「確定拠出型年金制度の説明を受けてから、資産運用に対する知識が必要になった」と嘆く部下のBさんの意見も気になっていた。「企業が得る純利益の4割が内部留保としてストックされ、株主に渡るのは1割に満たないという話は本当ですか?」と問われた。

人事課のゼネラリストとして30年近く生きてきたMさんにとって、正直に言えば、市場経済の子細はどうでもよいことだった。それが2008年秋の世界的な金融危機以降、自分が属する会社という組織の在り方を否が応でも考えねばならない時代が来たと痛感するようになった。

20〜30代の社員から寄せられる質間の多くが、現代の市場経済と結びついているとMさんは語る。例えば「前年比」。「前年比が金科玉条のように言われるし、毎年何%のプラスでなければ目標未達と言われる。終わりがない点でマルチ商法のようだと思うのですが」。この質問にもMさんは答えられなかった。

帰路の電車内でぼんやり考えるのは、バブルの苦い経験が生かされていないこと。バブルの時代、一人暮らしの老人がいたら、家に上がってへそくりを剥ぎ取れという指示が証券会社の幹部から出ていたことを、当時のニュースで知った。「あの時は仕方がなかった、独特の空気があったからと、よく説明された。ごく一部の人間だけが“魔女狩り”の犠牲者になって現場を去った」と語ったのは、大手証券会社にいた知人。1億円以下の客は客じゃないという合言葉もあったとつけ加えられ、Mさんは血の気が引いた。

バブルで、企業の良心はすっかり消えたのか。いや、そう考えること自体が責任転嫁だろう。あの時真剣に考えなければいけなかったことがなおざりにされてきたから、今もって多くのビジネスマンが組織の論理との板挟みに悩んでいるのだろう。

Mさんは、1977年に山本七平氏が発表した『「空気」の研究』(文芸春秋)を古本屋で手に入れた。空気というオブラートで社内全体が包み込まれるムードが日本の会社にあるらしい。そのムードになじめない社員は、疎外感を覚える。実際、様々な業界で人間関係が悪くなったと問題になっている。

経済の好不況といった社外環境だけでなく、社内を覆う“空気”のありようが、社員のメンタルヘルス(心の健康)を左右するのではないか。だが、社内の空気に慣れきった人間が「空気を読む」のは難しい。それでも多く の社員の声に耳を傾け、そこに漂う空気を敏感に嗅ぎ取ろうと、Mさんは社内を歩き回っている。

[出典:日経ビジネス、2009/02/09号、荒井 千暁=産業医]

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