【柳生宗冬の入れ歯】

1927(昭和2)年6月、東京・下谷の広徳寺の墓地から、徳川5代将軍綱吉に剣術指南役として仕えた柳生宗冬(むねふゆ)の遺体とともに、木製の総入れ歯が見つかった。その入れ歯の精巧さに誰もが驚いた。ツゲでできた義歯の床にはうまく噛み合うようにくぼみがつけられ、歯の形に彫刻した灰白色の蝋石が上下それぞれ16本植えられていた。現代の入れ歯と比べても、引けを取らない見事なものだった。

調査をした日本歯科医学専門学校(現日本歯科大学)の大庭淳一教授によると、義歯は摩耗状態から宗冬が60歳頃に何度目かに製作されたもので、歯科医・入れ歯師として有名な小野玄人が作ったのではないか、という。当時、総入れ歯が作れた入れ歯師は数が限られたうえに、小野は宗冬の屋敷から比較的近い所で営業していた。

初期の入れ歯は、ツゲ材で前歯も削って作る木造りだった。やがて見た目にも優れたものにするために、蝋石や象牙が人工歯として作られ、時には人間や動物の歯が用いられることもあった。人工歯はツゲの床に器用に竹釘で固定したり、穴を作ってはめ込んだ。三味線糸で結合する方法もあった。宗冬の入れ歯はこの方法で、人工歯が固定されていた。

宗冬が死んだのは1675(延宝3)年。フランスのピエール・フオシヤール氏によって西洋で初めて総入れ歯が完成したのは1737年。少なくとも60年以上も前に、日本では精巧な総入れ歯が発明されていた。当時、日本の入れ歯の技術は世界一だったと言ってもいいだろう。

死体と一緒に埋葬されていたことからも分かるように、宗冬は入れ歯を大切にしていた。入れ歯は物を噛むための道具と思っている人が多いだろうが、実はほかにも大きな役割を果たしている。全身の活動と密接に関係しているのだ。

入れ歯でほかの症状も改善
宗冬は江戸初期の剣術界で、頂点を極めた柳生新陰流の達人である。達人だからこそ、誰よりもその意味を理解していたのだろう。現場の歯科医ならよく知っていることだが、いい入れ歯を作ると、その場で杖がいらなくなったり、腰痛が治ったりする。ヨロヨロ歩いていた人が、歩幅が広がってスタスタと歩けるようになることもある。入れ歯により噛み合わせが整うと、体の平衡機能まで高まるのだ。

このことは、東京医科歯科大学の実験でも明らかだ。体の平衡機能を調べる機器として、重心動揺計がある。総入れ歯の人が入れ歯を外すと、体の重心が大きく揺れて、姿勢制御の能力が低下することが、この機器を使うことによって確かめられた。噛み合わせのいい入れ歯をつけると、歩幅が広がって歩き方が速くなるのも、人による実験で証明されている。

肩こりや頭痛が治ったり、全身的な体の不快症状が消えたりするのも、単なる偶然ではない。入れ歯はその人の全身の働きを高めてくれるカさえ秘めている。

体のバランスを取る力が低下すると、転倒する危険性が高まる。高齢者では、転倒は大きな障害や死亡の重要な原因にもなる。自分に適したいい入れ歯を作ることは、そうした予防にもつながる。

[出典:日経ビジネス、2009/012/02号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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