【成功者が陥る危険なワナ】(熱血Dr.の診療日誌)

「私の人生は、もう終わりだ」。A社長(53歳)は主治医である私につぶやいた。私が大学病院の救命救急センターで当直をしていた時のことだ。A社長は深夜仕事中にろれつが回らなくなり、手足が麻痺し、救急車で搬送されてきた。診断は「脳梗塞」だった。

貧しい生活の中から優良企業を築いてきたA社長だが、病後、重い麻痺が残った。そのうえ、彼の強いリーダーシップで保たれてきた会社の内部統制が取れなくなり、業績は急降下した。

成功者が陥る危険なワナ」というものがある。朝から晩まで仕事をし続け、休日もなく働いて、自分の健康を顧みる時間がなくなるのだ。

A社長は血圧が160台、悪玉コレステロール(LDL)値が220mg/デシリットルといずれも高かった。喫煙習慣があり、極度の運動不足でもあった。かかりつけ医からは運動と食事療法を指導されていたが、多忙のあまり実行していなかった。降圧剤の服用も、「血圧の薬を飲むと一生のつき合いになる」と言って無視した。彼はまさに“成功者のワナ”に陥っていた。

薬を飲むことは悪いことではない。むしろ、人生を突然悲しみに陥れる病を避けるための「投資」である。何もしなかったり、後回しにしたりすることが一番のリスクになるのは、人生にも、経営にも言えることだ。

例えば、米国で脳梗塞や心筋梗塞の予防薬として認定された「スーパースタチン」という薬がある。同薬を飲んでいると、飲んでいない人に比べて心筋梗塞になるリスクが35%、脳梗塞になるリスクが16%下がることが実証されている。この薬は日本でもコレステロール値を下げる薬として使われており、私も多く処方している。

予防としての投与は日本では認められていないが、米国の40歳以上の医師はリスク管理として当薬を飲んでいる人が多いと開く。従来のスタチンでは十分にコレステロール値が下がらない人は、スーパースタチンへの変更を医師に相談してみるといい。

A社長の退院後、ゴルフ三昧で  道楽息子と呼ばれていた長男が生まれ変わったように働き、会社の業績は戻りつつあると聞き、私は安堵した。1年後、立ち寄ったバーでA社長に偶然会った。病に倒れたことで一番強く感じたのは、親子の絆の尊さだと言う。それを 開いて、息子を持つ私はもらい泣きをしてしまった。「一から出直しだ、まだまだ俺はやるぞ」と息巻くA社長に1杯のスコッチをおごった。

グレンフイデイツク――創業したものの、20年間採算が合わずに苦労を重ねた後に成功したという蒸留所が作る、企業家精神溢れる酒である。そんな情熱の酒を飲みながら、父と子の輝かしい未来を心から祈った。

[出典:日経ビジネス、2009/01/26号、江田 証=江田クリニック院長]

(注)
江田 証(えだ・あかし)氏
自治医科大学大学院修了。医学博士。米国消化器病学会国際会員、日本消化器病学会・日本消化器内視鏡学会認定専門医などの資格を持つ。

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