【人間らしく働き、生きるために】

100年に1度という金融危機に見舞われ、どの会社も総力戦かつ独自路線で乗り切ろうと真剣になっている。悩みの種は、参考になる雛形が見当たらないことだろうか?雛形があれば良くも悪くも利用できる。この15年というスパンで見れば、成果主義なり目標管理制度がそうだった。不況へと突入した折に画期的な雛形として導入されたことは、記憶に新しい。

職場のメンタルヘルス(心の健康)なる用語を耳にするようになったのは、1990年代半ばのことだと思う。当時、経営と人事・労務という切り口でメンタルヘルスを論ずる場合、以下の5点がリスク管理として重視されていた。@過労による死亡者が出た場合の訴訟問題、A心の病による離脱や業務の停滞、B羅患した社員のケア、C職場復帰への対応、D心身のバランスを良好に保つための総合教育。

有能な社員の逸失は、会社に多大な損失をもたらす。限られた彼らに業務が一極集中したために、深刻な過労死や過労自殺があちらこちらで認められた時期は、人事も対岸の火事として日をつぶることができなかったはずだ。

ところが、いざなぎ景気超えと言われてから以降、メンタルヘルスで語られるリスク管理項目の主軸は、いささか変化した印象がある。諸データから浮き彫りになりつつあるのは、次の4点だ。(1)やる気・やりがいの低下、(2)帰属意識の希薄化、(3)膨れ上がる不安と将来への希望のなさ、(4)構成人員の偏りと、業務のひずみ。

多くの職場に、こうした要素が定着しつつあるのであれば、産業医など産業衛生スタッフ、あるいはEAP(従業員支援プログラム)スタッフたちがセルフケアとして鬱病の初期症状について伝え、ラインケアが大事だと管理監督者たちに説いたところで、抜本的 な解決にはならない。

例えば(1)から(4)にある思いを抱きながら、非正規雇用者として働いている多くの人々の心中を想像していただければ、お分かりだろう。正規雇用であれ非正規雇用であれ、その心情が極めて似通ってきつつある点に留意したい。

多くの社員たちが(1)から(4)までを感ずるようになった背景には、それなりの理由や経緯がある。成果主義元年、非正規雇用元年と言われる95年頃から、社員教育の空洞化や離職・就職問題、さらには過労死や過労自殺に代表される深刻な就労状況がクローズアップされてきた。成果主義や雇用のあり方に関する諸問題が置き去りにされる中で、仕事へのやりがいを感じられなくなったと訴える人が増えていった。

帰属意識の低下の原因は「育成は自立支援にシフトする」と大企業が掲げた方向性に求めることができよう。このスタンスは、2007年版の『国民生活自書』でも紹介された。膨れ上がる不安と将来への希望のなさは、ポストバブル・平成不況・就職氷河期が関与しており、『産業人メンタルヘルス自書』(2006年版)の報告とも重なっている。構成人員や業務の不均衡は、就職氷河 期に採用を極端に控えたことが、いまだに尾を引いている。

現在の不況が長引けば、働く者の心情はなお一層悪化しかねない。人間らしく働き生きるために、上司や部下そして我々は何をすればよいか。それをもう1年、追いかけてみようと思う。

[出典:日経ビジネス、2009/01/12号、荒井 千暁=産業医]

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