【リストラの「戦友」との絆】

暖冬の昼下がり、久田さん(人材派遣会社勤務、48歳)は元部下だったAさん(民間シンクタンク勤務、39歳)とレストランのテラスにいた。沈みゆく夕日を見ながら、「昔を思い出しますね」と言ったAさんの言葉を噛みしめた。後ろのテーブルにいる先客の会 話が聞こえてくる。「リストラなんて、どこでもやっていることだよ」。

2003年の秋、久田さんは総合化学メーカーの九州工場の総務課長で、Aさんは総務係長だった。一堂に集められた社員を前に人事担当役員が、早期退職者を募る説明文を読み上げた。

「既存事業が廃れてゆく中で、新規事業が花開かない。我々はステークホルダー(利害関係者)の意向に沿うために改革を行い、生まれ変わらねばならない。新規事業から撤退するに伴い、当工場は来春に大幅な縮小をする」

訓話のような説明を聞き、茫然自失する若手社員とうなだれる熟年社員。それから久田さんは、Aさんと一緒に早期退職希望者との面談に明け暮れた。退職金の上積みデータを基に、170人ほどの社員と面談した。

面談は1人平均40分から1時間。全盛期は全国の工場から作業員をかき集めたから、単身赴任者が大半だった。「単身赴任はもう限界」「早期退職もやむなし」という声が多く聞かれた。面談をしているうち、社員たちが深い諦観を泡えていることを知ったが、それは久田さんも同じだった。朝起きても会社に行く気がしなくなった。

魂を抜かれたような気持ちで淡々と面談をこなしていたある日、Aさんがうつろな目で心身の変調を訴えてきた。「面談の様子が夢に出てくる。はっとして夜中に目覚める」。ほどなくしてAさん自身が早期退職を希望した。思いもよらなかったが、久田さん も結局、転職の道を選んだ。

Aさんは失業保険が切れた時のことを、こう振り返った。「ハローワークに行っても、何もしないで帰ってくる。失業者が増えていると安心しました。それを確かめに足を運ぶのです」。うなだれて役員の説明を開いたあの日、全員が「不必要」のレッテルを張られた空虚感に襲われたのかもしれない。

久田さんの脳裏には、昨日見たテレビの映像が蘇った。米国からイラクに派遣された女性兵士がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩んでいるリポートだ。自分の乗ったトラックの方に笑顔で手を振ってくれた少年に、彼女も手を振って応えた。その直後、少年は銃を構えた。とっさに判断した彼女は発砲し、弾は少年の頭を射抜いた。帰国後、彼女は誰も信用できなくなり、日常生活も送れなくなっている。

刷り込まれた経験は良くも悪くも消えない。困難に道を塞がれた時、人は常に正面から向き合えるほど強くない。もはや上司と部下の関係にはないが、わざわざ訪ねてきたAさんが、久田さんには戦友のように思えた。

「信頼って何だろうね」と久田さんがつぶやいたら、「今日はそれを伺いに来ました」とAさんが答えた。経営層と、マネジネントをする管理職層と、組合員たちが一体感を持つための絆は、きっと信頼にあるのだろう。当たり前すぎる言葉だが、多くの企業でその信頼が失われている時代なだけに、信頼とは何であったかをもう一度思い出さねばならないと感じた。

[出典:日経ビジネス、2008/12/08号、荒井 千暁=産業医]

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