【歯の治療後に続く痛み】
3カ月前に、虫歯を治療したAさん(43歳)。その後、舌にピリピリした痛みを覚え、
歯科医院に通っているが治らない。
治療が不適切なのだろうか。
口の中の治療を行った後、原因不明の痛みや違和感などが表れ、適切な治療が行われているにもかかわ
らず、その自覚症状が良くならないケースがある。こうした原因不明の口の中の痛みや違和感などが出る状態を
「歯科心身症」と言う。
契機となる治療は様々。虫歯や歯周病、インプラント、歯列矯正、義歯の装着など多岐にわたる。定期的な歯の
クリーニング後に発症したケースもある。症状も、舌がピリピリする、口の中がしびれる、味覚の異常感、噛み合
わせの不具合、口の中のベタつきなど多様だ。また、午前中は比較的軽症で夕方から悪化するなど日内変動があっ
たり、痛む場所が変わるといったことが特徴として挙げられる。患者は中高年の女性に多い。
歯科心身症は、歯科治療後に発症するため、患者は不適切な治療が原因だと考えがちだ。そのため、数カ月以上
にわたり治療を繰り返し、時には数カ所の歯科医院を巡ることもある。一方、医療機関では適切に治療しているにも
かかわらず、クレームを言う問題患者として捉えられることもある。
こうした双方の誤解は、歯科心身症が従来の歯科医学では説明がつかず、定型的な歯科治療では症状が改善しな
いために起こる。まだ発症のメカニズムは明らかではないが、口内の治療の刺激により、脳内の痛みなどを司る経
路に何らかの不具合が出るために起こると考えられる。いわゆる精神科領域の心身症とも異なるため、精神科や心
療内科を受診してもなかなか診断がつかないこともある。
ただし、歯科心身症かどうかを見極めるポイントはいくつかある。もしも、次のようなことがあれば、歯科心身症
の疑いがあるので専門医の治療を受けてほしい。
まず、歯科治療後、痛みなどの症状が出て、治療を続けていても数カ月改善しない。また、複数の医療機関で診
察を受け、口の中には問題がないと診断されたのに症状がある。痛みがある場合、鎮痛剤や局所麻酔が効かない。
食事中や睡眠中など、何かに熱中している時にはあまり症状が出ない。
鎮痛剤が効かなかったり、熱中している時に痛みを感じないのは、痛みの原因がその部分にあるのではなく、脳
内の経路にあることを示している。
歯科心身症の場合、診断がつけば比較的容易に痘状は改善する。治療法は、向精神薬(抗鬱剤など)による薬剤療
法だ。使用する薬剤の量は、通常の鬱病などに使う量の8分の1から2分の1と低用量。使用量がごく少ないため、
眠くなったり、ボーツとするなどの副作用もなく、仕事や日常生活に支障を来しにくい。
多くの患者では、治療を始めて1カ月以内に症状が7割程度改善する。その後一進一退を繰り返すが、2〜3カ
月で症状は安定するはずだ。
(談話まとめ:武臼 京子=医療ジャーナリスト)
[出典:日経ビジネス、2008/11/03号、豊福 明=東京医科歯料大学大学院(東京都文京区)
医歯学総合研究科頭頸部心身医学分野教授]
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