【蕎麦の秘密】

「無礼な奴め!」。滝沢馬琴は腹が立ってしょうがなかった。当時、馬琴は押しも押されもせぬ戯作者の大家。そ の馬琴が28歳も年下の、駆け出しの文人・山崎美成から「友達扱い」され、憎々しげに批判されたからだ。

馬琴が直ちに反論すると、論争を得意とする美成も応戦した。こんな感情的な議論を繰り返して、1824(文政7) 年頃に馬琴、美戌、屋代弘賢ら、江戸きっての文人を集めて作られた好事家のサロン「耽奇会」は、翌年の冬には 解散する羽目になった。

争いのもとは「けんどん」。この考証を巡って対立したのだ。江戸の中期に蕎麦屋が現れる前は、蕎麦はけんどん という方法で売られていた。けんどん蕎麦とは、盛り切り1杯の、掛け値なく、給仕もしないという安く、手軽に 食べられる蕎麦のこと。こんな言葉の由来を巡って大の男が喧嘩をし、絶交してしまうのだ。日本人にとって、蕎 麦は不思議な魅力を持つ食品である。

蕎麦はおいしいだけでなく、日本人の健康を守るうえでも頼もしい食品だ。蕎麦に含まれるルチンには血圧を 下げる働きがあることで有名だが、最近注目されているのはレジスタントプロティン。これは消化吸収の悪いたん ばく質で、逆に腸の中で余分なコレステロールを吸収したり、脂肪の合成を抑えて体脂肪を下げてくれる。

レジスタントプロティンは食物繊維と一緒に取ると、より効果が高まる。その意味では、ダイコン、ゴボウ、コ ンニャクなどを豊富に使ったけんちん蕎麦は、動脈硬化や肥満予防にもってこいの料理である。

[出典:日経ビジネス、2008/10/20号、堀田 宗路=医学ジャーナリスト]

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