【希望見いだす「本音の議論」】

10月上旬の全国労働衛生週間が終わった。大木さん(重工業、49歳)、上原さん(百貨店、50歳)、鈴木さん(総 合食品メーカー、51歳)の3人は大学の同期生。等しく人事部門にいることから、毎年この時期に顔を合わせる。 社員から受けた相談や人事への要望など、意見を共有することが目的だ。

「最近、キャリアアップという用語に違和感を覚えるようになった」と言うのは大木さん。若い人たちがしばし ば口にするキャリアとは、「数学で言う“]=Y”のようなイメージ」。傾斜45度の直線であり、遊びがないから 無駄なくアップする。加えて、キャリアアップできるような仕組みを提示してほしいという希望も強いとのこと。

「つまり可視化せよと。でも業務や職責の現在と将来は、もともと境があるようで、ない。渾然一体となってい るのが現実。だとすれば、キャリアとは後からついてくるもののはず」

内閣府の国民生活に関する世論調査によれば、日常生活で悩みや不安を感じている人が、初めて7割を超えた。 上原さんは「そんな背景もあるだろうが、規範や暗黙知が崩壊していくような印象が気になる」と言う。

「情報過多や情報過信が背景にあるのではないか。インターネット検索に頼る人が増えた。糸口はあるだろうが、 答えがあるわけじゃない。でも、埋もれた情報のどこかにベストアンサーがあると信じて疑わない。そうなると、 途端に考えなくなる」。考えるという行為そのものを考えなくなったとも言う。考えた軌跡が第三者の日に見えな かったり、道筋が示されなかったり、自分の言葉で説明できない場面によく出合う。「プレゼンテーションで突っ 込まれるとお手上げになるのは、借りてきた知識だからだろう」と手厳しい。

かといって、ロジカルシンキングがすべてと思い込むのは危険、と鈴木さんは指摘する。「なぜ人をあやめるこ とが悪かといった問題は、論理では歯が立たない。われわれは動植物を食べて生きているから、殺生が根底にある。 日常ありふれた課題や大事な問題になればなるほど、議論では解決しない」。

心の病や過労に踏み込むこともある。「人間として崩れてしまうのは、すべてを放棄した末の姿」というのが 3人の共通した意見。生い立ちや素因という要素もあるだろうが、環境の方が大きく関与しているはずとも言う。

「『もうやっていられない』という状況があって絶望する。踏みとどまらなければいけないし、そうしたいと希望 しながら、体がういていかない。だから“降りる”しか手立てがない」

求心力が損なわれて離散カが加速すれば、放棄はどんな世界でも不断に起こる。なら、どうすればよいか?

「人と人のつながりを復活させること。それには、優越感やプライドを捨てた本音の議論が効く。最近、トップ ダウンの社内討論会が盛んになっている理由は、そのあたりにあるのでしょう」。社内討論会の議事進行役を昨年 からしている鈴木さんは、そう語った。

不安の時代やコミュニケーションの断絶に耐え切れず、心を病む人々。現代の職場を蝕む宿痾(しゅくあ)からビジネスマンを救うのは、互いの手の内を見せ合うしかないということか。企業トップがそれに気づき始めたことに、かすかな希望の光を見た思いがする。

[出典:日経ビジネス、2008/10/13号、荒井 千暁=産業医]

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