【術後の突然死を招く血栓の発生】

長年、股関節に痛みのあったAさんの父(79歳)は、 人工股関節手術を受けることに。 手術に生命の危険性はないが、術後、突然死の心配があるとか。

飛行機に長時間乗っていた人に起こりやすい「エコノミークラス 症候群」は、よく知られているだろう。飛行機などの狭い座席に長い間同じ姿 勢で座っていると血行が悪くなり、ふくらはぎや膝の真にある深部静脈に血 栓ができる。その血栓が急に立ち上がって歩き始めた時に剥がれ、血液の流 れに乗って肺に達し、肺の動脈を塞いでしまう。それが原因で、息が苦しく なったり胸が痛くなったりするだけでなく、最悪の場合は死に至る。

このエコノミークラス症候群は肺血栓塞栓症とも呼ばれ、最近、手術後に も発生することが分かってきた。特に下肢の骨折手術や人工股関節・膝関節 手術の際は要注意だ。手術中の姿勢や手術挽作のために血流が停滞するだけ でなく、術後の安静状態によっても深部静脈の血流が悪くなり、血栓が発生 しやすくなる。

肺血栓塞栓症は最悪の場合、心停止を起こすこともある。この防止には、 原因となる下肢の深部静脈血栓の発生を抑えることが大切となる。

深部静脈血栓の発生は、症状から発見するのは難しい。血栓は血管内に浮遊し、 血流を完全に止めるわけではないので、足が腫れるといった症状が出 にくいからだ。だが、人工股関節や膝関節の手術後は、20〜50%の高い確 率で深部静脈血栓が生じている。

それを予防するには、下肢に弾性ストッキングを装着するほか、手術後で きるだけ早く離床して歩行を始めるなど、血液の流れを良好に保つ対策が必 要だ。空気で下肢に圧迫を加え、血流をよくする装置もある。

しかし、こうした対策を講じても肺血栓塞栓症が生じてしまうケースが ある。そこで、より確実に血栓の発生を予防するために、最近、血液の凝固 を防ぐ新しい注射薬が2種類登場した。フォンダパリヌクスナトリウム(商 品名アリクストラ)とエノキサパリンナトリウム(同クレキサン)という抗 凝固薬だ。それぞれ2007年6月と2008年4月に発売された。

出血しやすくなるという副作用はあるが、血液を凝固させる特定の因子に 集中的に働くため、血栓の形成を効果的に防ぐことができるうえ、薬効が予 測しやすく比較的安全に使用できると言われている。医療保険が適用される のは、フォンダパリヌクスが下肢の整形外科手術、エノキサパリンが人工股 関節・膝関節の全置換術と股関節骨折手術だ。術後早期から投与し始める。

ただ、深部静腺血栓は冒頭のエコノミークラス症候群のように、整形外科 手術のみで発生するわけではない。腹部や腰椎などの手術のほか、出産時に 羊水が骨盤の静脈に入って血栓が形成されることもある。

今回の2つの注射薬は整形外科でのみ保険適用されたが、今後、他分野に もその範囲が広がるはずだ。術後の予想外の突然死には十分用心したい。
(談話まとめ:豊川 琢=日経メディカル)

[出典:日経ビジネス、2008/07/21号、富士 武史=大阪厚生年金病院〈大阪市福島区) 診療局長・整形外科部長]

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