【若手を潰す会社、伸ばす会社】

新聞を眺めていたY子さん(開発技術職・32歳)の目が留まった。見出し は「自主再建を断念」。以前いたことがある会社だった。

転職を思い立った理由は、女性が働きにくい職場だったこと。先輩たちの 背中からは、自分の行く先が見えなかった。「未来が見えれば誰も苦労はし ない」と、同期入社の男性は言った。意味なら分かる。不安と不確定の時代。 5年後や10年後の自分は何をしているかを、想像してみたところで仕方が ない。

それでもできれば、「あの人のようになりたい」と願い、「あのような仕事 ができていればいいな」という想像くらいはしたかった。そのモデルとなる はずの先輩の女性たちは、いつの間にか辞めていた。

ショックだったのは、別の部署にいる上司の一言。「あなたは誰のお手伝 いさん?」――入社3年目になる社員に向かって、「お手伝いさん」はないん じゃないか。人権教育をしている会社だと聞いていたし、女性が根づける会 社というメッセージも、就職活動の時に何かで読んだ気がするが、その一言 で萎えた。

思い起こせば、おかしなところがいくつもあった。上司や幹部たちから「教 育」を受けていても、彼らの自信満々の態度が気になった。根拠や裏づけが ない自信は、いったいどこからわいてくるのか。

人事部門長の訓示から始まる人権研修も不自然だった。ある時はハンセン 病の話を聞かされ、ある時は差別問題を聞かされた。その後は眠るしかない ような退屈なビデオが上映され、アンケートに感想を書いて終わり。どんな 内容が書かれていたかのフイードバックは一度もなかった。「社外の人権問 題も大事だろうが、社内の人権問題に直面している、私たちの意見も聞いて ほしい」と書いた感想は、どこに消えたのだろう。

技術部門の発表会も、1年経ったところで打ち切りになった。「発表に要 する時間がもったいない」という理由が伝わってきたが、参加していても魅 力を感じなかった。形式的で総花式で新鮮味に欠けていたから、発表会のた めの発表会になっていた。

優れた構想を持った上司も、いることはいた。でも、それが共有されない。 ある時、中間報告をしたら「それはもういいから、こちらの仕事をやって」 と言われた。指示されるだけで、変更になった理由さえ告げてもらえない。 話してみたところで、無駄だと思われているのだろうか。だから、「あなた は誰のお手伝いさん?」と問われたのかもしれない。

忙しい日々なのに、なぜ忙しかったのかが分からない。分からないことだ らけの会社生活に空しさを覚えた。「今の職場は働きやすい」と言うY子 さん。「社風とは、会社の風土というより、風通しじゃないでしょうか」。 最近、Y子さんは「ドリーム研究会」を発足した。出入り自由でフラットな研 究会には、若手から役員までが集う。働く意義から社の未来まで、その都度 テーマを決めて意見交換する。「夢を持つことや語り合うことは、働くこと の原点。若手社員の起爆剤です」。

後輩たちに同じ思いをさせたくないと語る、彼女ゐ願いは熱い。

[出典:日経ビジネス、2008/07/14号、荒井千暁=産業医]

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