【メールとコミュニケーション】

建設設備メーカーで工場長を務めるMさん(45歳)は、1年前、総務担当 の部下であるOさんからこんな相談を受けた。「転送、転送で来ているメ ールがあるのですが、工場が必要なのは添付資料の一部だけなのです。どう にかならないものでしょうか」。

6番目の転送先として受けたそのメールには、添付文書が3つある。件名 は「安全関連文書」。文章は「以下の処理、よろしくお願いします」のみ。添 付文書の2つは本社の別部署が必要とする資料で、確かに工場には関係ない。 唯一必要な添付文書には「全国安全週間を前に5Sの徹底を」という本社の方 針があり、「具体案を返送願います」という指示が記されていた。

「5S」とは、職場の安全を保つために必要とされる「整理、整頓、清掃、 清潔、しつけ」の5つの要素の頭文字を取ったものだ。

それにしても、最近は租雑なメールが多いとMさんは感じた。機械的に転 送すればいいと考える人が増えている。最後まで読んでみても何を言いた いのか分からないメールもあれば、複数名宛で送られた理由が分からないも のもある。これでは仕事が長引くばかりで、ストレスを与えるだけだ。相手 に配慮してメールを送るよう、日頃から0さんに指導していたMさんは、ど うすれば改善できるかと考えた。

「総務課のバーベキュー大会はいつだっけ?」とMさんから問いかけられ たOさんは、再来週の土曜日、工場近くの河川敷で予定されています、と答 えた。「工場の全員でやってみてはどうか。できるだけご家族にも参加して もらおう」。Mさんの提案に、「コミュニケーションの向上が目的ですか?」 とOさんは尋ねた。「今回は5Sの徹底が目的だよ。清潔とかしつけの必要性 を求めているわけだろ、本社は。公共の場でバーベキューをやるために従業 員と家族が集えば、規律やマナーの大切さが学べる。清掃や清潔はもちろん、 何といってもしつけ。これだけは、口で言っても始まらないからな」。

Oさんが200人は収容できる市営のキャンプ場を予約。Mさんは職場の安 全グループ長に、用件を知らせる簡潔なメールを打った。「再来週の土曜日 午後1時から、バーベキュー大会を開催します。場所は市営キャンプ場。ご 家族大歓迎。部署ごとでまとめて参加人数を連絡してください。月曜日は代 休とします。工場長」。

「本社への返信はどうします?」と問われ、Mさんは思案した。メールの あり方を考えそもらえるような策はないものか。首をかしげるような内容を 送って反応を見てみようか。「整理、整頓はこれまで通り。清掃、洗濯、炊 事については来週、バーベキュー大会でやります。以上」。

Oさんは「最悪のメールですね」と笑った。確かに最悪だ。5Sを「整理、 整頓、清掃、洗濯、炊事」と勘違いしているとも読み取れる。しかも、バー ベキューと職場の安全との関係はよく分からない。でも、これが仕掛け。不 親切なメールがストレスになることを分からせる逆療法といったところだ。

あれから1年。本社からのメールは改善された。さらに、バーベキューな どの行事を通じて、工場内に直接のコミュニケーションが根づきつつあるこ とを、Mさんは何よりも喜んでいる。

[出典:日経ビジネス、2008/06/16号、荒井千暁=産業医]

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