【五月病にならないコツ】

花見の2次会で、自分は「元」精神科医と名乗る人と一緒になった。病院勤 務から離れて2年。月に1度だけ診療をしているという。

「ところであなたは?そう、産業医とは、妙なところへ足を突っ込んだ ものだ(笑)。仕事そのものを考えることが仕事というなら、頭で人間の脳を 考えるようなもの。産業医も精神科医も妙な作業ですね」

そう言われて、なるほどと思った。

精神科医のところでは、毎年これからの時期、五月病に関する相談が増え るという。精神科医曰く、五月病は30歳までの若年者に多い。心理学や 精神医学での定義はない。

欧米で言う「スプリングフィーバー」とはちょっと違う。あれは、桜を見た 西行法師が「胸のさわぐなりけり」と詠んだように、ややハイに傾いた心の 変調を指す。典型的な五月病は、落ち込んでメランコリックになる。「マニ ー(躁状態)」ではなく、あくまでも「ブルー」。

東京で広告会社に就職して3年目になるKさん(26歳)は、帰省したゴール デンウイーク明けから「職場が遠くなった」と打ち明けた。1年目はしゃにむ に働き、2年目のジンクスもなかった。Kさんは言う。「だから余計にショッ クだった」と。

高層ビルやネオン街。薄っペらい人間関係。広告業界の華やかさと郷里と の落差に、自分の存在がくすんで見えた。この先、東京にいても何もない。 自分の本当の居場所は郷里にあるのではないか――。

「五月病でしょうか?」と年配の上司に相談すると、上司は「だろうな」 と笑った。「あったよオレも、五月病」。どうやって克服したのか、とKさんが 開くと、上司は天を仰いだ。「克服法なんかないさ」。

上司は、「元の帰属社会への回帰心」が原因だという。「4月にスタートダ ッシュして、1カ月後にゴールデンウイークがやってくる。それが、もとも と帰属していた場所への回帰心を呼び起こすんだろう」。

みんな新しい社会でもがいている。そんな時、懐かしい社会と触れる機会 が訪れる。セピア色に染まった世界が待っている。「誰にだって桃源郷に見 える。仕方ないとは思わないか?」。

いっそのこと、帰省しない方がいいのだろうか?

「構わないんじゃない、帰っても。要は、軸足の問題」と上司は言う。「軸 足がこちらにあれば、帰省しても早く戻ってきたいと思うだろう。軸足が浮 いているから、五月病になるのではないか」。

仕事人間に徹せよ、ということか。「そうじゃない、バランスだよ。わ くわくすることとルーチンワークのどちらも大切。ただ、比率は4対6とか 3対7など、普段は仕事に軸足を置く。そして、連休明けに、わくわくできる ようなイベントを入れておくのさ」

それが、上司からの五月病にならないためのヒントだった。「オレは毎年、 釣りに行く。それまで釣りはあえてしない。連休が明けた時のことを考える だけで胸が騒ぐよ」。

きちんとした仕事をするには、プライベートや趣味も大事。そんな上司の アドバイスを、「新鮮でした」と話すKさん。心が少し晴れたようだった。

[出典:日経ビジネス、2008/05/19号、荒井千暁=産業医]

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