【再生医療による乳房再建】
健診で乳ガンが見つかった女性管理職のBさん(45歳)。
乳房温存手術を受けたものの、変形による精神的なストレスから
乳房再建を検討している。
ガンの治療と言えば、かつては命がけの闘病というイメージがあ
った。しかし、近年は治るガンも増え、ガン治療の新たな価値観として「QOL
(生活の質)の重視」が定着しつつある。その代表例が乳ガンだ。発痘のピーク
が40代と比較的若年であること、治療後の10年生存率が約8割に上るこ
となどから、患者の多くは予後のよりよい人生に強い関心を寄せている。
一般に乳房再建の術式は、筋皮弁法と人工物インプラント法に大別され
る。筋皮弁法は再建部位の大きさに合った自分の脂肪を、おなかや背中など
から切り取り、皮膚や血管ごと移植する方法で、公的医療保険が適用される。
自分の組織を使う安全性、安心感がある一方、脂肪と筋肉の一部を切り取っ
た部分に20〜30cmの傷跡が残る。
これに対して、人工物インプラント法は、シリコンバッグなどを挿入する。
安定した体積増が期待できるため、美容豊胸術にも多く使われている。しか
し、人工物に対する異物反応が原因で乳房が硬くなったり変形したりするケ
ースも少なくない。また、加齢に伴う体形変化に乳房だけが追従せず、不自
然な形になるなどの不具合も生じる。
どちらにも一長一短があるため、乳ガンを思った女性は、自らの乳房の状
態や心理的状況、生活環境などのあらゆる要素を含めて、自分の意思で術後
のケアを選択することになる。
こうした中、次世代医療として注目されている再生医療の技術が、乳ガン
患者に第3の選択肢をもたらした。
「CAL(Cell-Assisted Lipotransfer)組織増大術」である。東京大学の形成外
科チームが開発した技術で、美容医療の分野で用いられる脂肪吸引術及び注
入術に、幹細胞治療の概念を付加した高度な医療だ。
まず、カニューレと呼ばれる細長い管に陰庄をかけて、おなかや太ももか
ら脂肪を吸い取る。吸い取られた脂肪は注入移植用と幹細胞抽出用とに二分
され、決められた処理工程を経る。最後に、処理を終えて抽出された脂肪由
来の幹細胞を、注入移植用脂肪に混合し、再建部位である乳房に注入する。
注入された幹細胞は、血管新生作用(新しい血管を形成する作用)などに
よって、吸引術で破壊された脂肪を生きた組織として再生させると考えられ
ている。おなかや太ももの脂肪が、ガン切除部分のへこみを補って、自分の
体の一部として生き返るのだ。吸引・注入術とも大きな皮膚切開は伴わず、
日立つ傷もできない。また、自皮組織移植のため、異物反応の心配もない。
再生医療によるこの乳房再建法は、ほかにも体のへこんでしまった部分の
体積増にも適用できることから世界的にも注目されているが、一度の手術で
極端な体積増は難しいなど万能ではない。どの術式を選ぶにせよ、インフォ
ームドコンセント(十分な説明と同意)を経ての決定が肝要だ。
(談話まとめ:杉元順子=医療ジャーナリスト)
[出典:日経ビジネス、2008/03/10号、波利井清紀=杏林大学医学部形成外科教授 東京大学名誉教授
セルポートクリニック横浜名誉院長]
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