【ムンクとオランダ風俗画】

東京・上野の国立西洋美術館で、ノルウェー出身の画家、エドヴァルド・ ムンク展が開催されている。「愛の芽生え・開花」「不安」「死」をモチーフに 人物画を描き続け、第2次世界大戦中の1944年、81歳の生涯を閉じたムン クの代表作は「叫び」。燃えるような赤い空と暗くうねる海。そして、橋に立 って不安の叫びに耳を覆う男−−−。
  彼の繊細な禅経は、銃暴発事件で指を失ったのをきっかけに、次第に強迫観念が強まり、 アルコールに溺れるようになるが、晩年は見事に立ち直った。
5歳になって間もなく結核で母を亡くし、姉も結核に命を奪われた初期の ムンクの作品には、不安定に揺れる人間心理が色濃くにじむ。それはまるで、 ストレス社会にあえぐ現代人の姿のようでもある。
一方、東京・六本木の国立新美術館では、オランダ風俗画展が開催され、 ヨハネス・フェルメールの「牛乳を注ぐ女」が展示されていた。「光の画家」 と言われるだけあって、一瞬の光を捉えた作品は、素人目にも見事だった。
17世紀、オランダ人画家がしきりに描いた風俗画は、宿屋の喧騒や酔い つぶれた男と女の背後に忍び寄るコソ泥など、たくましく生きる市井の人々 の生の営みが見る者をどこか楽しげにさせる。
オランダ風俗画は、寓意的な教訓が含まれると解説されるが、ムンクの「不 安」と比べれば、人間としての健全さが感じられ、生活習慣病に怯える現代 日本人には、健康的でさえあるのだ。オランダ風俗画は、病も吹き飛ばす、 いかがわしい健全さに溢れている。

[出典:日経ビジネス、2007/12/24・31号、田野井正雄=医学ジャーナリスト]

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