【救急医療と「阿一蘇生図」】

救急医療の現場は、常に生と死が隣り合わせにある。そんな救急医療を象 徴する鳥瞰図が、香川大学医学部附属病院の玄関にある。
1983年に設立された同病院の初代院長・故恩地裕さんは、香川県に赴任 する前は、奈良県立医科大学整形外科学教室、大阪大学医学部麻酔学教室を 開設し、日本救急医学会の設立にも大きく貢献した。香川大病院時代には、 自ら総合受付に立ち、患者さんの診療相談に乗ったという。
その恩地さんが病院長就任に当たって玄関の壁に飾ったのが、四国八十人 カ所霊場86番目の名刹、志度寺に保存される重要文化財「阿一蘇生図」で ある。鎌倉時代末に制作されたもので、阿一なる人物が2度にわたって死の淵 から建り、その幸運を感謝して志度寺修復を成し遂げた縁起絵だ。「ぜひと も」と住職に掛け合い、複製が完成した。ちなみに、志度寺住職の十河章さ んは、医師でもあり、現在は敷地内に介護施設を運営しておられると開く。
「医療はその国の文化の表れ。病院を見ると日本の医療は貧しい」と語っ た恩地さんは、終生、患者のためになる医療とは何かを問い続け、麻酔学の 教科書には「麻酔の反省」というタイトルをつけるほど、医療に対する厳し い姿勢を持っていた。また、恩地さんはアルピニストでもあり、北アルプス には、彼が開拓した「恩地ルート」があるという。
晩年、病を得て入院した時には、病室の名札に「阿一」と書かせたそうだ が、「阿一蘇生図」に救急医療の姿を重ねていたのかもしれない。

[出典:日経ビジネス、2007/11/26号、田野井正雄=医学ジャーナリスト]

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