【元気の秘訣は夫への復讐】

T子さん(54歳)は、風邪を引きやすく、階段を上がれば息が切れる。手の ひらにはひどい湿疹が出ており、病院 を何軒も回って掌蹠膿疱症 (しょうせきのうほうしよう)という診断がついたが、薬を塗っても効果がない。
友人からの紹介で当院に来られた時、T子さんの目は焦点が定まらず、手も 時々震えていた。湿疹は確かに掌蹠膿疱症だったが、全身の倦怠感や息切れ、 免疫力低下の原因が気になった。そこでT子さんに尋ねると、長年連れ添っ たご主人のM氏(57歳)がストレスの原因になっているのが分かった。
M氏は10年前に大手企業から独立し、人材派遣会社を経営している。社 員はほとんど親族で、T子さんは経理を任されていた。会社を起こした当時、 M氏の浮気が発覚した。それまでにも多くの女性と浮気しているのに気づ いていたが、T子さんは見て見ぬふりをしてきた。それは自分も更年期障害 で具合が悪く、ご主人の相手をするのが苦痛で、負い目を感じていたからだ。
ところが、それからの浮気相手はずっと同じ女性であり、得意先とのつき 合いと言っては海外旅行までするようになった。ホテルやレストランでの領 収書も、T子さんに平気で手渡す。問いただしても、M氏はのらりくらりと ごまかした。強く聞けば「誰のおかげで食っているんだ」と開き直る。だが、 仕事を放棄されて親族に迷惑がかかってはと、それ以上は黙っていた。
T子さんの悩みはだんだんと変容する。浮気よりも、M氏が家にいること 自体がストレスとなっていった。お茶を入れてくれだの、テレビを見ようだ の、何かとものを頼み、話しかけてくる。浮気の件をT子さんが知っている のを、M氏は分かっているはずだ。それでも、伸睦まじい夫婦のようなコミ ュニケーションを強要する。「自分は好き勝手にやっているのに、女房とし て使わないで」。T子さんはそう思っていたが、誰にも相談できず悶々として、 病気になってしまったのだ。
来院するとT子さんは、ずっとM氏の悪口を話した。何度も同じことを言 っては涙ぐみ、怒りで肩を震わせる。普段言えないことを話せるので、ここ に来るのが楽しみだとも言っていた。
次第にT子さんは、自分の気持ちをコントロールできるようになる。それ までは考えるたびに息苦しくなり、悲しくなったが、繰り返し話しているう ちに、「何でこんな下らない亭主のことで悩んでいるのだろう?」と、バカ らしくなったという。そこで、女友達と毎月1度は温泉旅行に出かけ、M氏 が不在の時には、好きな映画のDVDを借りて夜中まで見るようになった。
だが、最近の最大のストレス解消法は、将来M氏にどうやって復讐して やろうと考えることだという。相手の女性を訴えて徹底的に苦しめてやる、 離婚して身ぐるみを剥いで追い出してやる、M氏が寝たきりになった時、手 の届くか届かないかのところにわざとご飯を置くなど、あまりに現実的な内 容で、聞いていて空恐ろしくなった。
「先生のおかげで気持ちが楽になって、手も奇麗になりました。元気にな ったら、主人への復讐のために長生きしようと決めました」。半年前に比べ、 10歳は若返ったT子さんの言葉に、背筋がぞっとしたのは私だけだろうか?

[出典:日経ビジネス、2007/09/24号、安岡博之=南赤坂クリニック院長]

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