【国会議員と脳卒中】

「貧乏人は麦を食え」と言った池田勇人氏の3選阻止を掲げ、1964年に自 民党総裁選挙に出馬。これには破れたが、池田氏の病気退陣により後継に指 名され、7年8カ月という戦後最長の長期政権を築いた佐藤栄作元首相が、 料亭で会食中に脳卒中で倒れたのは、75年のことである。享年74だった。
当時は脳卒中の発作が起きたら「動かすな」が鉄則だったから、料亭の座 敷に数日間寝かされ、昏睡したまま死去した。佐藤氏は、60年安保当時の首 相で、国会を取り巻くデモの隊列を眺めながら、「後楽園球場には巨人戦を 楽しむ声なき声もある」と言ってのけた岸信介元首相を実兄に持つ。
72年の退陣表明記者会見では、「僕は国民に直接話したい。新聞記者とは 話さないことにしている」と語り、記者たちが席を立った後で、1人テレビ カメラに向かって演説した。沖縄返還に筋道をつけ、ノーベル平和賞まで受 賞する一方、若き日、自由党幹事長時代に造船疑獄が発覚。検察指揮権の発 動により、逮捕を免れたこともあった。
数々のエピソードを持つ佐藤氏だが、その死は、脳卒中治療のあり方に も一石を投じた。脳卒中が起こったら一刻も早く専門医療機関に搬送すべ き、という医学界の流れを決定づけた。
それからおよそ30年後の2006年12月、郵政民営化に反対して自民党を去 った平沼剋夫氏が、やはり料亭で脳梗塞に見舞われた。ただちに搬送され、 治療とリハビリを経て、この5月から政治活動に復帰したと伝えられる。30 年の歳月は、国会議員の生死を分ける医学の進歩を可能にした。

[出典:日経ビジネス、2007/09/03号、田野井正雄=医学ジャーナリスト]

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