【ストレスに潰されないコツ】

今、日本では、30代から50代の働き盛りの男性の自殺が増えている。女 性に比べて、男性はストレスに弱いのかもしれない。E氏(49歳)はちょう どそんな世代で、大手メーカーに勤務する営業マンだ。35歳から欧州に赴 任し、40歳で日本に戻った。帰国した年に先輩の紹介で人間ドックを受けて 以来、当院に通っている。
初来院から3年の間に、弟が事故で亡くなり、年老いた母親が認知症にな ったかもしれないと言って連れてこられた。原因は鬱病だった。E氏は母親 の自宅のそばに家を建てて引っ越した。次には、娘さんの中学受験で参っ てしまった妻と一緒に来院された。
翌年、E氏は営業部門で重責を担うようになり、それまでも朝8時から夜 9時まで働いていたのが、さらに忙しくなる。E氏は「まるで棒の上で皿回 しを何本も同時にやっているようです。1本が止まりそうになるとそちら に走り、もう1本が落ちそうになると飛んでいってテコ入れするというよう に、毎日が危ういですが、何とかやっています」と漏らしていた。営業では つき合いのアルコールがやめられないので、体のために週1回は時間を作っ てジムで汗を流すのが、唯一、ストレスの発散になると話していた。その 翌年には、本社の経営企画部に配属され内勤職になったため、外に出られず、 余計にストレスがたまると言っていた。その時には、お小遣い程度で株式 投資をしたり、週末に時々ゴルフに行ったりすることで気分転換を図ってい た。その後2年ほどで営業の仕事に戻り、夜のつき合いも復活した。
E氏は帰国以来、弟の死、母親の鬱病、家の購入、子供の受験、妻の体調 不良、2度の異動、クライアントとの多数のつき合い、さらには会社の数値 目標もついて回るといった、まさに何本もの皿回し状態で10年近い日々を 過ごしてきた。正直、いつ鬱病になっても不思議ではなかった。それほど公 私ともにいろいろなことが起こり、本人もこぼしていたように、ストレスも 相当なものだった。
だが、そんな中でもE氏は精神的に参って当院に来たことはない。ある時、 そんなに頑張れる秘訣は何か聞いてみた。すると、「以前の皿回しの話で例 えると、100%完全に回そうとしないことですね。1つの皿にこだわると、 ほかの皿が落ちるんですよ。だから合格点より少し上の60%、70%回した ら、すぐ次に行くんです」と言う。「仕事も、家庭も、遊びもみんなそうです ね。どれか1つでも固執しちゃうと、ほかのものが潰れちゃいますよ」。
ある部門では、何でもっと成果を上げないんだ、とE氏に対して怒る“熱 血上司”もいたという。それでも敵対はせず、75%程度にアップする。でも、 基本的には70%を超える無理はしないというのがE氏の本音だった。
最近、E氏の会社の採用試験では、「好きなことに100%の力を出し切れ る人より、自分が嫌いなことや不得手な分野でも、必ず平均点よりやや上の 成績を出せる人間」という、まさにE氏のような人物像が求められていると いう。だが、「将来仕事を引退したら、熱中できるものを探さないといけない ですよね」と、E氏は笑っていた。

[出典:日経ビジネス、2007/07/23号、安岡博之=南赤坂クリニック院長]

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