【子の病から見えた言葉のDV】

S子さん(16歳)は、体重低下が止まらないという理由でご両親と当院に来 られた。身長160cmで体重が34kgと、かなり痩せている。だが、半年前は 45kgあったという。人材派遣会社の役員である父親の0氏(50歳)は、こ の病気「神経性食思不振症」に関する本を読みあさっており、「体重が30kg を切ったら命に関わる」と言って、まくし立てるように治療を依頼された。

精密検査の結果、高脂血症、低たんばく血症と肝機能障害が出る。飢餓状 態が長く続くと少しでも栄養分を送ろうと、体中の脂肪が溶け、血液中にコ レステロールや中性脂肪をまき散らす。そのために起こる、神経性食恩不 振症の典型的な所見だった。総合的に見て、万が一の時に入院できる専門病 院を紹介した。だが、S子さんのような女子学生の患者がいっぱいで、カウ ンセリングも入院も半年先だという。
当院で状態を診ながら、毎週約1時間のカウンセリングを始める。3週間 は、体重は減りも増えもしなかった。その間に、0氏が妻のE子さんに対し、 日常的に暴言やきつい言葉をぶつけているのが分かった。母子でのカウンセ リング中に、「S子の病気は私のせいだと言われる」と、E子さんが泣きな がら話してくれた。直接的な暴力はなくても、言葉による立派なドメスティ ック・バイオレンス(DV)だった。
0氏は当院にも脅しとも取れるメールを送ってきた。S子さんの体重が増 えない理由をただす内容だったが、それはまるで、仕事ができない部下を責 め立てるような物言いだった。私は0氏への返信で、治療に関しては信頼し てほしい、E子さんに対する暴言をやめてほしいとお願いした。S子さんの 治療で大切なのは心の安定だ。ところが、家庭で父親が母親を暴力的に追い 込めば、娘のS子さんまで追い込まれる。現に母親が泣いている時、S子さん は「自分が原因で家族がいがみ合うなら、いっそ死にたい」と泣いた。以来、 0氏は態度を改め、S子さんとE子さんも、0氏は人が変わったように怒鳴 らなくなったと喜んだ。
それからはS子さんの治療に専念できるようになる。野菜スープしか受け 付けなかったが、重湯と豆類を少量ずつ、1日5回食べることから始めた。 雑誌やテレビを見ておいしそうと思ったものを書き留め、後でE子さんに作 ってもらったり、0氏に食事に連れ出してももらう。初めは大半を残したが 続けていく。それは食べ物のおいしさを思い出すためのステップだった。

2カ月目にはまだ太ることへの恐怖心が残っていたが、根気よく続ける と、3カ月目には体重が徐々に増えた。35kgを超えると、コレステロール値 が下がり始める。カウンセリングでもよく笑うようになり、早く体重を戻し て、ファッション誌の中のかわいい服を着たいと話した。45kgまで回復す ると、食べ物がおいしくてたまらないと言い、高校に行く傍ら、喫茶店でウ エートレスのアルバイトを始めるなど、様々な面で意欲的になった。
お店の場所を聞くと、「来られると恥ずかしいから、教えません」と顔を 赤らめて言う。天真欄漫な女子高校生に戻ったS子さんを見て、0氏の必死 だった父親心が今さらながらに伝わってきた。

[出典:日経ビジネス」、2007/05/28号、安岡博之=南赤坂クリニック院長]

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