【糖尿病が引き起こす網膜症】

糖尿病を患って20年になるAさん(62歳)。最近になって 物の見え方がおかしいと感じ、眼科を訪れたところ、 糖尿病網膜症と診断された。
厚生労働省が2002年に発表した糖尿病実態調査によれば、国内 の糖尿病患者は、予備軍も含めると1620万人に上る。その数は、成人お よそ6人に1人と言われ、今や誰にとっても身近な病気となっている。
糖尿病になっても、血糖値を適切にコントロールしていれば、日常生活は 問題なく過ごせるが、怖いのは合併症だ。「糖尿病神経障害」「糖尿病腎症」 とともに、3大合併症と呼ばれるのが「糖尿病網膜症」である。
眼底には網膜という、カメラで言えばフイルムに当たる組織がある。糖尿 病患者の血液は、糖分が多くて固まりやすいため、高血糖が長年続くうち に、網膜の毛細血管を詰まらせたり、血管の壁がもろくなり、眼底出血を起 こすなどの病変が生じる。これが糖尿病網膜症である。このほか糖尿病が原 因の目の病気は、黄斑症、角膜障害、白内障、血管新生緑内障など数多い。
糖尿病網膜症になったからといって、すぐに失明するわけではない。病期としては、 単純網膜症、増殖前網膜症、増殖網膜症の3段階がある。2段階目までは自覚症状が乏しく、 患者自身は異常に気づかないことが多い。
第3段階では、病状によっては視力が極端に低下したり、黒い物がちらつ いて見えたり、物が歪んで見えたりすることがある。この段階で検査を行う と、眼球内部を満たすゲル状の硝子体に向かって新生血管(詰まった血管を 補うためにできる新しい血管。もろくて破れやすく、出血の原因となる)が 見られたり、硝子体と接する網膜の剥離や出血が見られることがある。最悪 の場合は、失明に至るケースもある。
治療は、網膜の病変が軽い初期には、糖尿病のコントロールを中心とし た内科的治療が主となる。しかし、網膜の病変が進行した場合は、一般的に は増殖前網膜症の時期にレーザー光凝固術を行う。これは、網膜にレーザー を照射して、新生血管の発生を防いだり、病状を安定させ、網膜症の進行を 阻止することを目的として行う。視力が回復するわけではない。
レーザーは点眼麻酔で15〜30分程度の時間で済む。通常は通院治療で、 病状によっては、数回に分けて行う。増殖網膜症(硝子体出血や網膜剥離が 起きた場合)は、硝子体手術を要する。眼球内の圧力を港流液で保ち、吸引カ ッターで硝子体内の出血を除去したり、剥がれた網膜を元に戻したりする。
糖尿病網膜症は、症状がすぐには表れず、出てしまってからでは完全には 治せない。失明という事態を避けるためにも、血糖値をコントロールするこ とにより、網膜症にならないための予防をすることが大切である。グリコヘ モグロビン(HbAIc)を6.5%以下に、少なくとも7.0%以下に保つこと。そし て、糖尿病と診断されたら、眼科での眼底の定期検査は、欠かさずに受ける よう心がけてもらいたい。
 (談話まとめ:杉元順子=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2007/04/09号、塩川美菜子=医療法人社団済安堂 井上眼科病院]

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