【突然起こる顔面の麻痺】

突然、顔面の左半分の動きが悪くなったYさん(49歳)。 左目がうまく閉じられず、飲んだ物もこぼしてしまう。 3日後には完全に麻痺した。
顔面神経は、顔の表情を作る表情筋を動かす神経である。Yさん のように顔面神経が麻痺すると、顔が歪んだようになり、まぶたを閉じるこ とができなくなってしまう。働き盛りの30〜50代に多い病気で、特に接客 の多いビジネスパーソンだと、仕事にも支障が出やすい。一刻も早く治した いという願いは切実だろう。
顔面神経麻痺は、原因がどこにあるかによって、中枢性と末梢性とに分け られる。中枢性の麻痺は、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍などで起こることがある が、日常見られる顔面神経麻痺はほとんどが末梢性である。このうち60〜 70%が「ベル麻痺」、15%程度が「ハント症候群」と診断がつく。どちらも 顔面神経に炎症と浮腫が生じ、これによる血流障害が進んで麻痺が起こる。
かつてベル麻痺の原因は不明とされていたが、最近になって、単純ヘルペスウイルス1型が発症に関係していることが分かってきた。過去に感染して体内に潜んでいたウイルスが、何らか の原因で再活性化し、神経に炎症や浮腫を起こすのである。一方、ハント症 候群は、水ほうそうや帯状庖疹を引き起こす水痘・帯状疱疹ウイルスの再活 性化が原因となる。
ベル麻痺、ハント症候群とも顔面の麻痺に加えて、味覚の異常や涙の分泌 低下が見られることがある。さらにハント症候群では、耳の中に疱疹ができ たり、めまい、難聴、耳鳴り、耳痛がするなどの症状が起こる。このように 顔面神経麻痺では、顔面麻痺以外に耳や口腔に関連した症状が出ることがあ るため、耳鼻咽喉科で精密検査を受けることが望ましい。

ベル麻痺は比較的治りやすく、約7割は放っておいても自然治癒すると言 われている。しかし、残りの3割は放置の結果、何らかの後遺症が残る。 麻痺が発症してすぐに治療を始めれば後遺症が残る確率を減らすことができ、 回復までの期間の短縮が可能となる。
麻痺を起こした顔面神経は、発症から徐々に変性し、10日ほど経った頃 に最も悪い状態となる。炎症を生じた神経が周囲の血管を圧迫し血流が滞 り、さらに浮腫を起こすという悪循環が起きるのだ。変性した神経の割合が 多くなるほど回復が遅れ、かつ不完全になるため、できるだけ早くこの悪循 環を断ち切る治療が必要となる。
治療にはまずステロイド剤を、併せて抗ウイルス薬、血液の循環改善剤、 ビタミン剤などを投与する。ハント症候群も同様の治療で早期回復、後遺症 の軽減が可能だが、一般にベル麻痺より重症のことが多い。完治までの期間 は、いずれも2〜3週間から半年と個人差が大きい。
当院の場合、ベル麻痔、ハント症候群と診断されれば内服薬による通院治 療を基本としている。忙しいからと先延ばしにせず、一刻も早く受診するの が、病気回復への早道となる。
(談話まとめ:仲尾匡代=医療ジャーナリスト)

[出典:日経ビジネス、2007/03/05号、近藤健二=東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科 医学博士]

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