【時にはいいかげんに生きる】

1813(文化10)年、江戸で画家として、また物理学者としても名高かった司馬江漢が死んだという噂が立った。その年の8月に江漢の死亡通知が配られたからだ。ところが、ある時江漢そっくりの男が道を歩いていた。見かけた知人は驚いて「江漢先生ではありませんか」と声をかけた。その男は振り向いて「死んだ者が言葉など吐くか」と言って去っていった。
似ているはずである。その人物こそ江漢その人だった。江漢は何を考えたのか、67歳の時、自らの死亡通知書を書いて配り、家に隠れていたのだ。
江漢ほどいいかげんな人物はいない。62歳の時には実際の年齢に9歳加えて、死ぬまで年を偽っていた。美人画で有名な鈴木春信が1770(明和7)年に亡くなると、その贋作を描いて売った。あまりにもよくできているので、誰もがそれが偽物であることに気がつかなかった。江漢自身が暴露しなかったら、永遠に分らなかっただろう。種明かしをするところが、いいかげんな江漢らしいところだ。
医学の進歩により、健康に生きる秘訣がわかってきた。真面目でいい人は我慢強く、ストレスが蓄積しやすい。そういう人は活性酸素ができやすく、動脈硬化が進んだり、ガンができやすくなったり、体の老化が早く起きる。実際、「いい人」と周囲から褒めそやされるような人が、急に倒れたりする。時にはいいかげんになることも必要だ。
江漢の描いた銅板画「両国橋」には、大きな青い江戸の空が描かれている。実にのんきな空である。

(出典:日経ビジネス、2004/05/03号、堀田宗路=医学ジャーナリスト)

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